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◆ 木の記事1 釘・ツーバイフォーの歴史・鵜野日出男さんの木の記事へ

   自分用資料
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● 木の記事・釘・ツーバイフォーの歴史・鵜野日出男さんの木の記事へのリンク
● 木の記事・森林・釘・建築基準法の推移の自分用資料2
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  ■ 一戸建て住宅の使われる釘の数 安田工業HP 

  現在、家づくりで普通に使われる釘は洋釘と呼ばれ、
 家屋の壁板や柱、屋根瓦などを固定する役目があります。
   建坪約35坪(115㎡)一戸建て住宅の場合、
   使われる釘の数は大小あわせて約6万本
   2×4工法だと10万本以上といわれています。



  ■ 今、壁が危険!!     ■ 今、屋根が危険!!

  ■ 年間着工数と建て替え年数  (※平成8年 建設白書より) 

           日本     イギリス   アメリカ    フランス    ドイツ
 年間着工数   123万戸   16万戸    109万戸   30万戸    33万戸
 建て替え年数   26年     141年     103年    86年     79年




  ■ 頭の大きい釘  スーパーエルエル釘、スーパージャンボ大頭釘、 

  従来品より頭の大きい釘は住宅メーカーからの要望でした。
しかし簡単にできる代物ではありません。線材の先端をたたきつぶして頭をつくるパンチングがネックでした。1回のパンチングではつくれる頭の大きさに限界があり、2回パンチングだとひび割れを起こす。しかし、2回パンチングしか方法はないと実験を重ね、製釘機のパンチングスピードを改良しました。こうしてできたのがジャンボ大頭釘です。

 苦心してつくると新しいニーズが生まれます。「瓦に使えないか」と住宅メーカー。というのも屋根は日中・夜間の温度差が大きく、結露が瓦と釘の間に溜まり、釘を腐らせるのです。すきま腐食といいます。釘に特殊樹脂をコーティングする技術を開発し課題を克服、平成12年(2000)ようやく瓦をしっかり止め、腐りにくい釘が完成しました。これがスーパージャンボ大頭釘です。

 私たちの目標は、100年耐える住宅です。福岡西方沖地震ではあらためて釘の大切さを実感しました。普段は目にすることはないかも知れませんが、屋根瓦や壁板、柱を固定する釘を強くするためにこれからも研究を続けます。

 



 ■ 阪神大震災被災地におけるツーバイフォー住宅被害調査 pdf 記事末に 

   … 上述の大正時代に建てられたツーバイフォー住宅に関しては,その後関西ツーバイフォー建築協会が別途調査を進められたので,その概要を紹介したい。
 この住宅は,大正14年に米国から輸入され,神戸市東灘区深江南町に建てられたツーバイフォー住宅である。
 築後70年余り経ており,日本に現存するツーバイフォー住宅としては最も古い
 施主のT氏は,ポートランド駐在のおりに「日本沈没(関東大震災,大正12年9月1日)」の報に接し,地震に強い住宅の建設を決意し,大正13年の帰国後これを実行された。
写真49に見られるように,この日本最初のツーバイフォー住宅は今回の地震でも被害を受けず,健全な状態を保っている。
深い軒先,外壁の下見板の状態からも十分にメンテナンスが施されている様子がうかがえる。
なお,この住宅は,昭和9年9月21日の室戸台風,同13年7月3-5日の阪神大水害,および同25年9月3日のジェーン台風においていずれも浸水している。


  ■ 主要輸入木材は、今も昔もカナダから  
 さかのぼれば明治時代 北米材と日本の100年 2008年6月26日  建築知識(建材設備の最前線) 


  日本では手に入りにくい木材を調達したり、量を確保することで価格の安定化を図ることが、木材を輸入する目的である。
特にカナダからは、豊富な森林資源を背景に積極的な輸入が行われ[写真1・2]、明治期から今日に至るまで、日本の住宅との関わりは深い。
ここでは、そんなカナダ材と日本の住宅の関係をたどってみたい。

  関東大震災で大量輸入
 カナダ材は、アメリカ材とともに北米材と呼ばれ、ひとくくりで扱われることが多い[]。
 北米から木材がもたらされたのは、江戸時代末期にペリー提督が幕府に献上したベイマツ(オレゴンパインと呼ばれた)の板が最初とされる[表]。
 本格的な輸入は明治に入ってからで、造船用として明治10年ごろからベイマツが、明治14~15年から板材のベイスギ(ウェスタンレッドシダー[※])が輸入されていたなど諸説あるが、いずれにしても北米から木材輸入が開始されて、すでに100年以上が経過していることになる。

 カナダ材がひときわ存在感を示したのが、大正12年に発生した関東大震災の復興材としての緊急輸入である。
復興には大量の木材が必要とされたため、政府は輸入材を調達することを決定し、アメリカとカナダから木材を大量輸入する契約が結ばれた。
これにより、北米材の高い供給能力が改めて認識されることとなった。

 戦前の北米材輸入の中心は、ベイマツとベイスギ、そしてベイツガだった。
なかでもベイマツは、日本では手に入りにくい長尺材として重宝され、造船や大規模木造建築に利用された。
杭丸太としての利用も多く、旧丸の内ビルディング解体時に支持杭として利用されていたベイマツが出土したのは有名な話である。

[※]ウェスタンレッドシダーは、ヒノキ科ネズコ属だが、価格が高かった秋田スギの代替品として利用され、色が似ていたこともありベイスギと呼ばれるようになった戦後の住宅ブームを支える

関東大震災以上に日本の家屋に甚大な被害を与えたのが太平洋戦争で、終戦直後の住宅不足は400万戸以上といわれる。
建築資材としての木材需要は大きく、パルプや繊維(レーヨン)の原料としても大量に必要とされたため、木材資源の絶対的な不足が問題となった。
しかし、大戦をはさんだ乱伐によって日本の山林は疲弊しており、木材の価格も不安定だったため、増大する国内の需要に応え、日本の山林を育成し木材価格を安定させるには、海外からの輸入が不可欠だった。

高度経済成長期に入ると、住宅着工が増加し、木材の需要はさらに拡大した。
昭和35~36年にかけて国産材の価格が急騰し、政府は木材価格の安定化のために外材の輸入量を増加。以後、北米材は日本の住宅ブームを支え、木材不足の解消に寄与することになる。

なかでも大正期以来、重要な役割を果たしたのが、カナダを中心に現地工場で製材されるベイツガだった。
カナダのブリティッシュ・コロンビア州(以下、BC州)では、丸太の輸出禁止を受けて、製材品の輸出に積極的に取り組み始めたころである。
戦後初の輸入が行われた昭和27年以降、ベイツガは安価で安定して供給される角材として柱などに大量利用されてきた。

  枠組壁工法の与えた影響
 木材の供給にとどまらず、技術の提供も盛んに行われた。
1974年(昭和49年)には、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)がオープン化され、耐火や断熱、防湿技術など、北米で膨大な研究費を費やして蓄積されてきた技術が、日本の木造建築に大きな影響を与えた。
 当時、木造建築は火災に弱いとされ冷遇されていたが、不燃材料を用いたツーバイフォー住宅が火災に強いことが証明されたことで、木造建築の研究が活気づいた。
その後の木造3階建て共同住宅や準耐火木造建築、耐火構造認定に至る、木造建築の技術革新と質的向上に貢献したのである。

 こうした流れのなかで、カナダでは204材が積極的に出荷され、SPF(スプルース・パイン・ファー)の人工乾燥材(KD材)がその大半を占めるようになった。
日本の住宅にKD材が本格導入されたのは、これが初めてのことだった。
204材は、現在でも最も安く手に入る4面プレナー掛けKD材の1つであり、最近では軸組構法の垂木や根太などに活用する動きも見られる。
これらの材については、日本市場向けに特殊な選別基準「Jグレード」が設けられ、生産工程でそれをクリアしたものだけを抜き取って出荷するという細かな作業が行われている。

 ベイツガの品質向上も進められた。
ベイツガは、木材全般が未乾燥材だった時代に低価格住宅に大量に使われたため、逆に悪いイメージが付きまとうという皮肉な結果となった。
その後、製材技術の向上や品質管理の徹底が図られ、平成13年にはカナダツガE120の選別基準を策定、強度に関する国土交通大臣認定も取得した。

    参考文献
   『木造住宅における技術革新』(水谷達郎著)
   『杉山英男の語り伝え』(杉山英男著)
   『米材百年史』(日本米材協議会)
   『二十年のあゆみ』(日本木材輸入協会)
   『五十年のあゆみ』(日本木材輸入協会)


                                            

■ 『ゑれきてる』 … 樹木の個性を知る記事題名一覧

 ・ オニグルミ  現在はリスを見ることが少ない理由と問題点
 ・ くぬぎ
 ・ しいのき
 ・ カシワ


■ 富良野 麓郷 森林資料館

■ 植えてはイケナイ!? 2008/12/29(月) オープンシステムで家を建てる
  以下は2chから引用


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃これだけは庭に植えてはいけない
┃─────────────────────────────────
┃1.爆発物 ・・・ 恐ろしい繁殖力でひたすら増殖
┃ミント、 竹&笹、 ドクダミ、 ツルニチニチソウ、 カンナ、 ノウゼンカズラ
┃アイビー&ヘデラ、 藤、 トケイソウ、 菊類 、宿根朝顔、ホテイアオイ
┃シャガ、 トキワツユクサ、ウォーターレタス、ナガミヒナゲシ、ケナフ、シソ
┃─────────────────────────────────
┃2.生物兵器 ・・・ チャドクガ、イラガやアブラーを召喚
┃椿、サザンカ、モチノキ、クチナシ、桜、カモミール、マサキ、柿、藤、芙蓉
┃─────────────────────────────────
┃3.武装集団 (実は薬草もある) ・・・ 棘や毒をもった過激テロリスト
┃夾竹桃、ピラカンサ、 ツルバラ、水仙関係(水仙・すずらん・彼岸花等)
┃ヤツデ(子供が遊んだりするとその汁で中毒する) 、モロヘイヤ(種は猛毒)
┃ラズベリー
┃─────────────────────────────────
┃4.毒ガス ・・・ 悪臭を発する(本来良い香りだがクドいものも含む)
┃セージ、金木犀、栗、ジャスミン 、菜の花、
┃─────────────────────────────────
┃5.その他 ・・・ 圧倒的生命力と大株化:ジュズダマ(ハトムギ)
┃       ・・・ 逃亡高繁殖園芸品種:オキザリス系全般
┃       ・・・ 鉄骨支柱もへし折る:キウィ
┃       ・・・ 爆殖+カメムシ召喚+トゲ武装+全体に有毒成分:ワルナスビ
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 

■ 2×建築の小史     ICBMワークショップ  C.DIRECTER 服部洋一朗
    法隆寺から古代釘へ

・ 法隆寺の釘は、昭和大修理の時に五重塔、金堂に使用されていたのが確認された。
   日本の釘は和釘と言う。(方形の角釘)                 
   西洋の釘は洋釘と言う。(日本では明治に入る。円形の丸釘)

・ 日本における釘の発祥は、紀元前100年(弥生時代中期前半)大分県佐伯市下城遺跡にて

・ 釘の特徴   釘身の断面は方形
頭部は上から見て、円形、片方にたたきまげた錠形、両横に錠形にしたもの、の3種類がある。もともと木棺、木器の結合、刃剣の目釘、鞍鐙などの結合に使用。

・ 王朝時代には建築に用いられた。
法隆寺、飛鳥、奈良の寺院建築に使用始まる。法隆寺の五重塔、金堂の垂木裳階、板掛に使われる。

・ 五重塔の釘  
二尺五寸(750m/m)→1寸1分6厘(33m/m)までの27種有り、角頭釘、打頭釘、鋲釘、(円頭釘)の3種類があり、角頭釘5分角、4分角、3分角、1.5分角、長大な角頭釘は隅柱、垂木、天井格縁、打頭釘は天井板を取り付け

・ 733年東大寺、三月堂の長押には、全長1尺余りの鉄釘が有り構造用のものとして使用された。

・ 唐招提寺、新薬師寺講堂  
柱と貫とを固着させた2尺幅6分方形の打頭の大鉄釘が使用されている。柱と貫とがホゾ差しでなく釘で打ち付けてある。

・ 天平建築は架構の仕口、継ぎ手の手法に細かい細工をしないで自然の大材をおおらかに使っていた。そのため、釘も長大なものを使用していた。(道具との関係がある)

・ 伊勢神宮   
7世紀以来20年ごとに造替されているが蛭頭釘(T字形の角頭釘)掻折釘(皆折釘) 丸頭釘、巻頭釘の名称を持つ古代の釘が今日にいたるまで使用されている。

・ 鎌倉後期から室町に入って 
木造建築の手法も精密化し、用材の切組が開発され、ホゾなどの架構も功名を極め 釘も大きなものは用いられなくなった。秘法や手先の業にはしった。

・ 安土桃山期から江戸期にかけては、
自然のままの木材や釘をのびのびと使う気風が失われ、日本の木造建築に見られる継ぎ手、仕口の精巧をもって<世界に類を見ない釘無しの建築物>が出来た。
 ※道具と資材、経済的な事、又、考え方の変化。

・ 江戸時代   
船釘、瓦釘、寺院釘、1尺以上の大釘は使用されなくなり建築全体の使用は少なくなった

・ 明治20年  洋釘が普及し始める。(2×バルーン工法入る)

・ 明治41年  和釘の歴史が終幕する。

 *古代釘は、腐食しない性質を持っている。
中心部に炭素量が多く、これを低い層が囲んでいる。焼き入れ処理がなされている。2×工法で使用される釘の特質と近い意味を持っている。              以上 引用



    2×プラットホーム工法の出会いから法隆寺へ  
 1992年岐阜にてシアトル在住のコンソリデーターの浅沼君と知り合う。
彼から北米の住宅建築の話を聞き、何か面白そうだと感じ、2×工法の建物を見たくもなり、知りたくもなった。それ以来、毎年時間が取れれば米国へ見学研究の旅をした。米国へ行ったおりには浅沼君に会い、彼から2×住宅の内容と説明を聞き、建築現場、部材製作(トラス、被層ガラスサッシュ)の生産工場、ドアパネルの組立工場、海外輸出用の2×パネル生産会社、コミュニティーをテーマに作られている住宅地。その中のOPEN-HOUSE全米のホームビルダーショウなどを2人で見て歩きました。この時は米国の豊かさ考え方、又、建設業界の凄まじさを感じ、これらの建物が生み出された。流れなども知りたくもなった。
 (写真)
彼と一日中色々な所へ行き色々な話をした。見るもの聞くもの知らない事だらけで、彼に質問を投げかけ答えをもらい、一つずつ解決をしていき、少しずつわかるようにもなった。この時に質問をした内容は下記のなぜなぜ集です。
 (表)
 この当時、まだ日本ではバブルの時代であり、米国は不景気で円高であり輸出に力を入れていた。
日本のJETOROなどは、米国からの輸入を押し進めていた。輸入住宅は、安く作られるなどと宣伝してもいた。建物そのものは、車のように完成した物を輸入する事は出来ないのにも関わらず、輸入の促進を図るため輸入住宅のキャンペーンを展開していた。部材を輸入し、日本でその資材を使い住宅を造るしか出来ない。
 建物の価格の内容は、1/3が部材資材の費用、残りの2/3が手間代と経費で出来ている。
日本では安く部材、資材を仕入れても、手間代と経費が掛かり建物の価格はそんなに下がる事は無い。部材、資材の話が、いつの間にか建物全体の価格の話になってしまっていた。
建物の全体の価格を下げるには、米国の住宅生産システムを知らなければならないし、又、米国のコンストラクションマネジメントを知らなければならない。それでも、日本では、輸入住宅、輸入住宅と言ってブームになっていた。米国の、それもシアトル近郊の住宅デザインをまねて建てていた。
2×プラットホーム工法は、建物1つの工法であり、木パネル工法なのだ。
外装、内装のデザインなどは、どのようにデザインされてもよいのに、輸入住宅=2×工法住宅として広まりイメージ化されてしまった。米国の生活様式、気候、風土、歴史、デザインなどを無視し、全く異質な建物が日本にて出現しだしていた。
 岐阜にて北米方式の2×住宅を建て始めた時、部材は輸入すればよいが、実際建てるには、日本の技術者に作ってもらわなければならず、そのために北米の住宅の内容、その建物の技術的な方法、その凄まじさなど、一生懸命説明をして、そして、一棟建てました。
この時は大変色々な問題が発生し、北米のこの2×の話をすればするほど服部君は米国かぶれをしていると悪態までも言われ、又、米国への建築技術よりも日本の建築技術の方がレベルが高いとも言われた。
 2×の建物は小さな部材をベニヤと釘で出来た弱い建物であり日本の在来工法の建物の方が太い材料で組み立ててあり、北米の建物より凄いと言われ、なかなか応じてはくれなかたった。
私の方も北米住宅と日本の在来住宅の比較もしていなかったし、日本の建築の知識もあまりなく、本来の反論も出来なかったのが本当のところだった。
彼らも、日本建築、或は日本の建築技術の方がよいと思っているだけで、どの位凄いのか、また素晴らしいのかは具体的には言えなかった。
建築の工事を依頼し、気持ちよく仕事をしてもらうためにも2×の建物の考え方、或は在来工法の建物の考え方の共通する部分の事を探し出したり2×の問題点、在来工法の問題点などを見つけ、それについて話し合いをしていかなければならなかった。
現場の中で、或は食事を共にして建築の話をする時間を取りして進めていった。
 日本の建築の話になると、よく法隆寺の話などが出たり、薬師寺の西館の事などがよく出て来たのですが、私も良く知らなくて、それまでは、世界遺産であり飛鳥の地にて1350年前に建築された。
日本にて一番古い木造建築位にしか知らず、又、小学生時代に修学旅行のおり、バスガイドさんから聞かされた話。日本建築は釘を使用せず組み物で作られていて、日本の匠の優れた技術によって丈夫で美しい建物である事などの想い出が浮かぶくらいだった。
 現実の2×住宅を作り進行して行かなければいけないし、日本建築を知らなければ前に進まないと思い、この法隆寺を調べる事にもなった。
法隆寺の建物は、建築学者、 宮大工、文学者、歴史学者、構造力学者など、色々な専門の人々によって調べられている事がわかり、この人達の本などから教えられた。
一般的には、どのようなものなのかはあまり知られていないのが現状です。
現在の大工職人、或は建築にたずさわっている人も、本当によく知っている人は少なく、イメージの世界で語られ、イメージの世界で美化されている。
法隆寺を調べ始めると、確かにこの建築物の凄さ、素晴らしさがわかり始める。
斑鳩の匠、宮大工三代の西岡常一氏の話を本から聞くと、色々な内容がわかってくる。
木の建物、建築と言う内容、色々な必要条件など、どの国も、どの時代も同じように、人と自然の関係性の中で作られている。
 北米の2×建物をもう一度良く見れば、日本の古い建物と色々な共通点が見えて来る。
見た目は違うが、基本は同じ事が多く発見されてくる。
例えば、釘1つを取ってみても、法隆寺の使われている釘は先が少し細かく、そこから少し膨らんでいて、そして窪んで太くなっている。
 又、固い割には全体的には柔らかいという鍛えられた釘が使ってある。
釘と言う物は建築物の中では1部であるが、当時の技術は、木と釘の関係において、異質な物の組み合わせで有る為、鉄の事、木の事を良く知っていた。
木は、繊維質とリグニンという接着質の物が複合されて木材と言う物になっており、その繊維に傷を付けると弱くなり腐っていく原因になっている。釘(鉄)は、酸化して錆びて朽ち果ててしまう。木との組み合わせは不向きであるため、鉄を鍛え(焼入)炭化させ、錆びにくく、なお柔らかく作られた。
 ( 図 法隆寺の釘 現在の釘 ツーバーフォーの釘(CN釘) )
木に釘を打ち込むという考え方ではなく、木の繊維を痛めないように木を裂き、中に差し込み木の縮む力(圧力)によって接合すると言う考え方で、木と釘を使用した。
このように、飛鳥の技術者は知っていた。
 そして、2×用の釘を調べてみると、法隆寺で使用されていた釘とは姿形は違うが、日本で一般的に使われている釘より、身は太く先は丸く、釘には色が付着され、錆びにくくしてあり色が変えてある。(釘の長さによって色が違いどこにどの長さの釘が使用されているかがわかる) 
木との接合の場合は、木の中に打ち込むと言うのではなく、貫通させ、木の性質を利用し、木の圧力によって接合強度を保っている。 
釘1つを取っても、法隆寺の当時の技術者の考え方、2×の建築の考え方に共通性がある。 
法隆寺を調べれば、地盤、基礎、構造、耐震などの内容を2×プラットホーム工法の基本的な作り方の内容は(考え方は少々違うが)実に楽しいほど近い物がある事がわかって来た。 
現場にて法隆寺の話をしながら、2×の建物を同じように語りながら建築した。
現在も2×の建物を調べながら、語りながら建築している。 
 単なるイメージで評価せず、ゆっくり調べ、物事を知り、そして、結論を探しながら進める事が大切であると思えた。
 人がよりよく快適に住まう為の1つの工法1945年以後、米国にて研究者、現場の技術者が、そのつど問題等を出し合い整理をして作られて来たのが2×プラットホーム工法の建築なのです。 


 

■ 2×建築の小史 より引用

ヨーロッパから北米へ(17世紀初め)
 レンガ造り、丸太小屋、ヘビーウッドフレーム工法(ティンバー工法)
 などが入って来る。
 北米への移民が始まり、人々が多くなり、
 その人々に安値な建物が必要になって来る。
 そのため、合理的で短期に建てられる建築工法が必要とされた。

1830年シカゴにて
 2×バルーン工法が誕生する。
(バルーンフレームは軸組工法の2倍の速度で造る事が出来た。) 
 
 バルーン工法の生みの親(ジョージ、スノウ)
 17世紀以来の建物の改良をする。
 社会的な背景としては、産業革命(1813年)により製材(丸ノコ→板材)と
 釘の大量生産が可能になった。

 ※バルーン工法の特徴
 土台から2階の軒桁までの通し柱にて構成し、
 直接釘で止められ複雑な欠き込みを必要とせず、
 製材品を釘打ちで空間を構成する。
 (初めて建物として、シカゴ セントメリー教会)
 (バルーン工法は、技術を持った人々からの別称であった。)

◆1920年
 2×プラットフォーム工法が考案される。
◆1950年以降、急速に普及した。
 第二次世界大戦以降、バルーンフレーム工法の問題点を克服した、
 ダイヤフラム理論の工法、及び、構造合板の発明によって作られた。
※様々な地方、風土や建築規模にも、柔軟に対応し、設計に自由性を持っている。
1945年以後、大勢の研究者(200名)を集めて、人がより快適に住まう為の住空間を研究しながら、改良をしつつ生まれた。初めから、高気密、高断熱、バリアフリー、耐震などはコンセプトに入っていた。このような事は、人が住まう空間である以上、当たり前として考えられていた。

 日本のツーバイフォーの歴史
◆1878年(明治11年)

 バルーンフレーム工法
 北海道、屯田兵住宅、札幌時計台、豊平館(重要文化財)
◆大正時代
 ライトが設計したのも、弟子遠藤新 自由学園
(大正14年に米国から輸入され,神戸市東灘区深江南町に建てられたツーバイフォー住宅は、築後70年余り経ており,日本に現存するツーバイフォー住宅としては最も古い。 阪神淡路大震災でも損傷せず使われている ※ 元記事は阪神大震災被災地におけるツーバイフォー住宅被害調査 pdf
  ※ ブログ内記事 02 家づくり記事リンク
 
◆昭和時代(戦後)
 米軍将校住宅
◆1974年(昭和49年)
 建設省「枠組壁工法に関する技術基準」を公布
 これ以来、日本において2×プラットフォーム工法建築が始まった。




■ 旧小川家酪農家畜舎の全体と模型(乃生賢一製作) (1)  駅逓馬車

  1.バルーンフレイム
 日本に初めてバルーン・フレイム工法をもたらしたのは、明治9年に開拓使が札幌農学校に招聘したお雇い米国教師・クラーク博士と共に来札したウイリアム・ホイラー教授であると言われている。
彼はマサチューセッツ工科大学土木科を卒業して既にボストンの実務家であったが、3年契約の短期間であるが札幌農学校の教授になった。
彼は、最初に農学校の模範家畜房(明治10年)の設計現案を作り開拓使工業局建築課の設計で、建設した。
翌年、11年には演武場(時計台)も原案を作成し、同じく工業局で建てた。いずれも、バルーンフレイム構造を採用している。

「バルーンフレイムと言うのは、アメリカ開拓の途上、1833年にイリノイ州シカゴ市近郊で工夫されたアメリカ独自の木造建築技術で、構造に太い柱や梁を使わず、規格化された厚い板材を多用して、壁体を構成する点に特徴がある。
旧来のようにノミやノコギリの腕を振るって太材を組立てる必要が無くなり、釘で打つだけで済み、開拓建築には、これ以上ふさわしい技術はない。
当時は、その軽便さゆえ風船構造とかカボチャ構造と呼ばれ馬鹿にされたが、開拓とともに始まったアメリカ木造技術の頂点に立つものであり、現在のツーバイフォー工法と呼ばれているのは、元を遡るとバルーンフレイムが原点である。

バルーンフレイム構造は、簡単作業であるが釘を多量に使用するので、当時の札幌での釘の調達には苦労した事と思う。洋釘は輸入品であり高価であるから、和釘も使用した。その証拠品が開拓の村に残って展示されている。当時、明治10年(1879)頃にはアメリカ、ベルギー、イギリス等で釘製造工場が出来て多量生産が可能であった。日本では明治30年頃に洋釘が生産されたが、輸入品より高価で一般に普及しなかった。明治40年代になってどうやら輸入品と同等か、以下の価格になって、普及し始め多用されるようになった。北海道でバルーンフレイム構造を応用して造られた建物は、前記の模範畜房、演武場(時計台)、開拓の村にある開拓使工業局、開拓使爾志通洋造家(白官舎)、小川家酪農畜舎がある。しかし、北海道には、何処かに知られずあるかも知れない。

小川家酪農畜舎はアメリカから取り寄せた設計書を元に建てられた。しかし、バルーンフレイムが考案されてから100年程経ている設計書であるから、改良されたバルーンフレイム構造である。確実に言えることは、プラットホーム式のバルーンフレイム構造である。話は明治時代に戻るが、札幌では明治5年、開拓使工業局器械場で水車動力による製材工場が出来て規格製材は豊富であったし、お雇い米国人によって洋釘も輸入できた。バルーンフレイム工法はアメリカの開拓地の考案から直接に北海道札幌に輸入されたのであるから本州方面に伝わらなかった。北海道の米国のお雇い外国人が帰国すると、この工法は、自然に衰退した。日本古来の伝統建築から考えると、素人大工の真似事と一笑にされた違いない。昭和20年敗戦後にアメリカからツー・バイ・フォー工法と言う新しい建築工法が輸入された。しかし、これが明治初期に札幌で施工されたバルーンフレイム構造が日本での源流である事に気づかなかったとおもう。北海道の建物には洋式を取り入れた和洋折衷が多い。しかし、バルーンフレイム構造で建築された建物は数少ない。有名になって誰でも知っている札幌市時計台(旧演武場)である。


 2.バルーンフレイムの起源と考案者。ハーバード大学名誉教授であるスイス建築史家・ジークフリート・ギィーディオン教授の著書「空間・時間と建築」1941年出版の関係部分を要約引用すると、1832年にイリノイ州シカゴ市、シカゴ河の河口付近に、ジョージ・W・スノー(George Snow)氏(技術者)が、材木の豊富な西部で、しかも、技能を持つ大工の少ない地域で、細材と釘があれば誰で建設出来る建築工法を考案して倉庫を建築した。
 これがバルーン・フレイム工法である。
多量の釘を使用して従来の工法より簡単で軽く速く出来る構造物が特徴である。翌年1833年にはSt.Mary'Churchを同じ工法で建設している。
これ等をジークフリート・ギィーディオン教授が起源と考案者としている。
そして、現在のアメリカ木造建築技術は、ジョージ・W・スノー氏の革命的な技術革新の考案(バルーンフレイム)から発展したものであると、絶賛している。
1941年になってバルーン・フレイムも建築用語として確立している。
今日では、バルーン・フレイム構造から派生して類似の工法がアメリカの木造建築の80%以上に普及している。1832年の規格材はどのような寸法か知る事が出来ないが、樹木の豊富なミシガンやウイスコン等の製材工場から船積みで送られて来る細材を利用して、年々増える殖民者の住宅を建設した。バルーンフレイム工法は、アメリカ中西部を中心に拡大してアメリカ全州に波及した。
この問題は起源は、同じでも考案者は別人と言うう学者もいる事を記して終わりとする。


■ 札幌農学校第2農場 - Wikipedia
■ 工法技術:枠組壁工法の特徴【社団法人 日本ツーバイフォー建築協会】
■ 工法技術:オープン化の歩み 【社団法人 日本ツーバイフォー建築協会】

■ babyism   簡単にツーバイフォーの歴史の概要  ジョージ・スノウ(George Snow) 


■ 2×4工法の歴史
http://www.daisoued.co.jp/ayumi/01rekisi.htm

  ①ツーバイフォーの歴史

 ツーバイフォーの原点は17世紀始めに誕生しました。ヨーロッパからの移民(清教徒)がきっかけとなり、様々な改良を経て現在の2x4が生まれたとされています。
移住者たちはテント・シェルターやダッグアウトと呼ばれるシェルター付きの塹壕に居住していました。
広大なアメリカ大陸では、乾燥地・高温多湿地・多雪寒冷地・大規模な地震・竜巻など様々です。
アメリカ各地を移住した彼らは、当時アメリカより進んでいたヨーロッパの建築技術により、木材・石・土などを建築資材に利用し、様々なスタイルの建築物を作り上げました。

当時は、レンガ造・丸太小屋、複雑な仕口、筋交い等で構成される、日本の在来木造によく似たヘビーウッド工法や「ブレースドフレーミング工法」などの木造住宅が中心でしたが、次第により強く、かつ合理的で、短期間に建てられ、様々な地理環境に耐えられる工法が求められました。

  ②バルーンフレーム工法の誕生

 1830年代「バルーンフレーム工法」がシカゴで誕生しました。
生みの親はジョージ・ワシントン・スノウと言われています。
この工法による最初の建築物は、シカゴのセント・メリー教会だとされています。
彼の故郷のハンプシャー州やコネチカット州では、17世紀から、2.5インチ厚x3インチ巾の木材を使い、主に農家や倉庫が建築される中、「ブレースドフレーミング工法(①)」等が改良され、現在の2x4の原型である「バルーンフレーム工法」が誕生しました。
誕生当時は「シカゴ構造」と呼ばれていました。

 バルーンフレーム工法の特徴は、土台から2階の軒桁までを通し柱の連続で壁を構成し、床根太は柱(スタッド)に直接釘打ちされている点にあります。
複雑な欠き込みを必要とせず、製材を連続的に釘打ちする事で空間を構成する為、小人数・省施工・使用製材の断面が小さいなど、大幅なコストダウンと生産性の向上で全米に広く急速に普及しました。

  ③プラットフォームフレーム工法

 1920年代までに新たに「プラットフォームフレーム工法」が考案され、1950年代に急速普及しました。
 これまで普及していた「バルーンフレーム工法(②)」は、1・2階の通し柱が施工能率面で弱点とされその資材となる長い材の入手も困難な状況になり、問題を解決出来る工法が必要でした。
 そこで開発された工法が、合板によるダイアフラム理論を用いた「プラットフォームフレーム工法」です。
 「プラットフォームフレーム工法」の特徴は、それぞれの階で床組(プラットフォーム)を構成し、その上に軸組を立ち上げていく方式で、組まれた床組は作業台となり、その階の壁を組み、それを起こして上の階のプラットフォームを構成する架台として利用します。

 このように、組んだ床を次の工程作業スペースとして活用し、より効率的な建築を可能としました。

  ④世界での2x4の現状

 その後も2x4工法は様々な技術改良を重ね、発展を続け、今日欧米では5階建てのアパートや大規模な木造建築が可能なっています。
 誕生から約170年程経過したした現在、2x4工法はアメリカ木造住宅の約93%を占め、全住宅の約80%が2x4で建設されるまでになりました。
今日では、ヨーロッパ諸国・オーストラリア・ニュージーランド・そして日本で建築されており、統計では世界で年間に200万戸以上が建設されています。2x4は世界的な木造建築工法と言えるでしょう。
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  日本での2x4工法の歴史

  ①日本での2x4の始まり
 2x4が日本に入ってきたのは明治時代で、最初に建てられたのは北海道とされています。
北海道開拓史顧問として、アメリカよりウイリアム・エス・クラーク博士が招かれ、札幌農学校校長に着任しました。
 1878年(明治11年)クラーク博士らの指導で、W.ホィーラー設計により、現在の札幌時計台である旧札幌農学校演武場や屯田兵住宅が「バルーンフレーム工法(②)」で数多く建てられ、1900年始めには、横浜や神戸など、全国的に広がりはじめました。
現在でも、多くの建物が保存されています。

 その後、昭和30年台後半から始まった高度成長期により、住宅の着工数も急増し、合理的で生産性の高い2x4工法が注目される様になりました。
 日本で最初に2x4を手掛けたのは、永大産業であり、1968年(昭和43年)3月に開発計画がスタート。
 1971年(昭和46年)3月、建築基準法38条大臣認定を取得し、永大ハウスED型として発売されました。
 日本で一般的に2x4が「枠組壁工法」として導入されたのは、永大産業の発売から3年後の1974年
(昭和49年)7月、建設省から「枠組壁工法に関する技術基準」が公布され、同年8月施行となりました。
 農林水産省では、2x4工法に使用する構造用製材として、JAS(600)規格を告示しました。
また、住宅金融公庫からは、設計・施工の仕様を細かく規定した「枠組壁工法住宅工事共通仕様書」が制定されました。

  ②日本での2x4の普及

 日本で2x4が「枠組壁工法」として正式導入されましたが、建築側・消費者側共知識が不十分でした。
 そこで、1976年に2x4普及・発展を目標として(社)日本ツーバイフォー建築協会が設立されました。
 それ以降、協会が中心となり、消費者への工法アナウンス、需要開発、技術開発、流通の整備などが進められ、次第に2x4が一般住宅として普及されるようになりました。
 1990年代には輸入住宅ブームにより、2x4住宅が多くの人に知られるようになりました。

また、1995年1月に兵庫県南部を襲った、阪神・淡路大震災では、震度7の激震を記録。
その凄まじいパワーは、ビルをなぎ倒し、山を切り崩し、住宅を破壊しました。
この地震による家屋の被害は全壊約10万棟、半壊・一部損壊が約29万棟でした。
しかし、この壊滅的な状況下で、被災地の2x4住宅は全体の96.8%に大きな被害が無く、居住可能な範囲であった事が、日本ツーバイフォー建築協会の調査結果でわかりました。

 この地震により、2x4住宅の安全性や性能レベルの高さが評価され、全国的に一気に広がりました。
また、マスメディアなどでも大きく取上げられた結果、現地では数多くの2x4住宅が建築されました。

  ③2x4住宅の現在

 2002年の建築基準法の一部改正の中で、木造住宅設計における壁量配置の義務化などがありますが、これは2x4を見習った物で、軸組だけでは、強度が不明瞭であり、壁で支える方法で強度を計ろうという判断からです。
 これまで、続いた在来工法が2x4の理論に近づいた事を意味します。
今後さらに、住宅の求められる、高気密・高断熱レベル等があがり、次第に高性能住宅が標準化される傾向が大変強くなってきております。
併せて、建物の耐久性や生活空間の安定・安全性に対するユーザーニーズが高まる事も予想されます。

 2x4はまだ未成熟なシェア率ですが、木造住宅の中で唯一シェアを伸ばし、月刊ハウジングのアンケート集計結果でも、潜在需要が40%以上と、今後伸び率が非常に高い住宅であると公表されました。
 2x4はこれからの多様化するユーザーニーズにマッチした住宅提案が可能な工法です。




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■ 木の話し あれこれ 記事題名一覧   斎藤 明男    以下 引用 

木の誕生(1) 斎藤 明男
  樹木は地球上における生命の根源である。
4億年程前に地上に出現した植物は、その後進化し、石炭紀には 封印木、魯木、鱗木などが欝蒼と繁茂し地殻変動などでそれらが滞積し石炭となった。
始めに裸子植物(針葉樹)が生れ白亜紀に気象、地質など の変動によって被子植物(広葉樹)が出現した。
現在、地球上には針葉樹約840種、広葉樹20万種といわれている。
一見、広葉樹に思えるイチョウは 化石木といわれるほど古代から生存している針葉樹である。
現在は、比較的に寒い地域に針葉樹、暖かい地域に広葉樹が育成している。
木は地上の あらゆる生物の基となっているが、人の生活にも重大な影響をあたえていることは周知の事実である。
人が発生して500万年といわれているが、 木の恩恵なしに人の文化は語ることはできない。
現在、文化国ほど木を浪費しているような現象は誠に残念である。
文化のバロメーターといわ いる紙、開発の名で焼かれ森林。
人たちは今自分たちの未来を破壊しようとしていることを自覚し速やかに対応すべきである。
自然環境を理想的に形成するには、針葉樹林だけでは風などの被害を受けるため、広葉樹との混成林にすることが必要である。
長崎台風の被害はそれを如実に 物語っている。
世界的に樹木があらゆる面に必要であることが分かっているが、日本に於いても沿岸漁業の人たちが山に魚付き林を作りプランク トンなどの発生源を作り、魚類の確保を考え実行している。
再生できる樹木の研究は、他の研究に比べて遅れているが、今こそ優性樹の育成、有用樹の 有効活用を官学民が協力して開始すべきである。
いま日本の営林事業は新しい出発点に立っていることを考え早期に実現したいものである。
木の 恩恵を再認識すべくこの稿を起こすことになりました。
木と関連する何を知りたいかをWoody Worldまでお知らせください。
   木の誕生 (2)
  木の最も重要な役割は酸素の供給と環境の保全である。
地球上の酸素の主供給源なのは、アマゾン流域とシベリヤの 原生林(タイガ)であるといわれている。それらの原生林が危機に瀕している。
現在、地球の砂漠化が急速に進み毎年広がっているが、50年前にはそれらが人跡未踏の 密林であつた。
文化の発達に伴う機械化、人の欲望が自然を壊す方向になっている。
自然共生のリズムをエンドスに繋いでいくために人間は努力すべきだ。
米国にユリ ノキという木がある。
成長が早い広葉樹を代表する木で、名前が沢山ある。
イエローポプラ、チュリップウッド、サドルツリー、ハンテンボク、ホワイトウッド、百合ノキ、ホワイト パイン、カナリーウッドなど10ケ以上もある。
1年に径が1㎝以上も成長し、成木は径3mにもなる。
6月に百合に似た花を咲かせ良質の蜜を沢山作る。
最近、林業関係の 有志が九州ユリノキ会を結成し台風の被害を軽くするため針葉樹との混成林作りに励んでいる。
ユリノキはモクレン科北米東部の産で中国にも1種ある。
太古の昔 東北地方に雫石湖という巨大湖があり周辺の化石の中に、日本ユリノキがあった事実がある。
明治の始め米国に留学した東大教授が、日本に持ち帰り栽培し増やした もので、東京には街路樹として迎賓館前、新宿御苑などにその姿をみせている。
現在、日本の家具業界に集成材として輸( )されている。
外国の有用樹を栽培することも 大事な仕事になる。
現在の風潮は、広葉樹は効果が悪いと、短年で換金できる針葉樹に重点を於いてきた考えを変える必要がある時代になってきた。
米国から輸入され 育成したストローブマツは成長が早い木だが腐りやすく節だらけで使いものにならない木の代表になっているが、扱い方によって立派に活用できることが最近判明した。
官民が協力することによって木材の活用も新たな道が開けることが沢山ある。
意識の改革が必要となる。
  木と人のかかわり
 樹木が地上に繁茂し土を作り環境に順応しながら除々に生物共生の基を作った。
木の実、果実、葉、樹液それらは 小さな虫、昆虫から鳥、小動物、大型の生き物までを育み、木材となってさまざまな道具、住居から棺まで、燃料となっては暖を、煮炊きを、腐っては土に帰る一切の 無駄はない。
時には信仰の対象となり、宮殿を作り、船、武器、農具となり、薬となる。
漢方薬の大半の素材は木といっても過言ではない。
木工所の職工は木屑を いくら吸い込こんでいるかわからないが病気になったためしがない。
しかし、知らないでウルシ科の木(レンガスなど)の木屑を吸い込むとカブレて大変なことになる。
スギは まっすぐな木だから、ヒノキは古代から火を作った。
イチイは宮中のやんごとなき人たちが笏としたので木の中で一位とした。
1700年前に八色の臣の官職に漆部があった。
食器、丁度品などに漆の加飾技術が認められた時代があった。
マルコポーロが世界にジパングを紹介したことは有名であるが、漆金箔みて感違いしたといわれている。
エジプト時代の王の棺には木が使われていたが、樹脂で固めたシーダーは今でも健在。
古代の碑文に象牙とエポニーが同じ重さで交易されていたことが記されている。 ※(EBONY=黒檀の英語名)
家具の始めは、王座であることも忘れることはできない事実である。
西暦1500年代の大航海時代には、新しい世界の木材も発見され紹介された。
マホガニーなどは、インドで 高級家具や木製品となってフランスやドイツに輸出されたことが古文書などに載っている。
洋家具が日本に上陸したのは、幕末のペリー艦隊のイス、テーブルなどを横浜の指物 やが修理をした時が最初といわれている。
日本の広葉樹のミズナラは、高級家具材とされているが、戦前は線路の枕木などが重な用途だった。現在はマカバ、サクラ、タモなど と共に家具代の表材である。ミズナラは北米のホワイトオークと同種である。


  

日本は木の国(1) 斎藤 明男
 日本は理想的な樹木の育生条件の整った国である。
温帯から亜熱帯まで多様な樹木が生育し、日本独特の 文化の基本となっているスギ、ヒノキ、ヒバ、がある。ニホンカラマツも特産である。
北海道にはカラマツの同種のグイマツがあり、太古には東北に も群生していた事実がある。
今から約2万年前のグイマツの化石木が発見された。周囲には焚火の跡もあり日本の古代史が変わるような発見で、現在、 ミュージアム(詳しくは後述)になっている。
 北海道のカラマツは、明治のはじめに入殖した人たちが、撒き付け時期の強風に悩まされた、撒いた種が風で 飛ばされて撒き直しを余儀なくされた。
後年、長野県からカラマツの苗木を持込み、季節風の激しい道東に防風林として植林したものである。カラマツは 300年も生きられる。長野県のテンカラは素晴らしい材で、非常に価格も高い。
100年育てると大変な資産となることを知り、有効な育生をすべきでなかろうか。
現在は、針葉樹の育成が盛んであるが、成木まで待てないのが現状ある。
環境保全、生物共生から考えると、広葉樹の育成を真剣に考慮すべきで、カモシカやサル、 イノシシ、鹿などが里に被害を与えているのは、山の生態系が破壊れているためである。
我が国の林業は、ドイツに学んだものが基本であるが、一斉林は台風の 被害を甚大に受けることが長崎台風で判明した。
日本の営林事業を見直す時期にきていることは周知の事実である。
残念ではあるが現在わが国の木材の 生産は将来共に非常に悲観的な状態にある。
国家林野庁も新体制でスタートすべきト考えられる。
官民一体となって世界の範となるような樹木の育成を 考えるべきである。
現在、世界では自国の木材の輸出を禁じている国が数多くある。
日本は環境問題を併せ考えた樹木の育成事業を一日も早く実現したいものである。
国の対応に期待したい。
  日本は木の国(2)
 神社仏閣多重の塔など木造建築は日本特有のものが多い。
昔大陸などから流入してきたものが日本で独自の発達が なされたものである。それらの建造物は日本に優れた木が豊富であったことが発達の理由に挙げられる。棺にはコウヤマキ、スギ、クスノキは住居、船材に、 ヒノキは建築用材と神代の時代から決まっていたことが古事記、日本書紀などに記載されている。1300年経った法隆寺の柱と新しいヒノキの柱ではどちらが 強いかと問われる、それは新しい柱の方が強いのではと答えるのは正しくはない。ヒノキは切られてから2~300年は強さが2~30%増し、その後緩やかな カーブを描いて下降する、だから現在はヤヤ同じレベルにあるという訳である。木は切られたときに成長が停止するが何かに作られたときに第2の命を 与えられ生き続けるのである。木は産地によって性質が微妙に違う、家を建てるときには地元の木が適しているのは当然である。箸、器、食器などに木を 使い漆の文化を育てたのは日本である。中近東や中国の技術や道具のルーツの吹溜りのような地理的条件と木材の豊富な環境はさまざまな文化を育んでいる。 宗教が芸術のパトロンの役を担った中世イタリヤのルネサンス時代のように日本でも鎌倉時代には寺社の木彫刻が盛んに行われ運慶、湛慶など優れた彫刻家 が現われて仏像や仁王像など傑作を残しているが材はカツラ、クス、ヒノキ、スギ、ケヤキなどが使用された。生地、乾漆像、漆塗、金箔なども盛んに使用 され名工たちが技術を競った。飛鳥、天平の金銅鋳造美術から木彫刻に移行したのは日本民族の木と関わりの深い生活と環境に影響されているように思われる。 日本人と木の関わりはあらゆる文化に現われているがそれは日本列島が樹木の成育に適し数多くの木が欝蒼と繁茂していたが長い経験の中でそれらの木を 適材適所に活用していたことを物語っている。
  更新できる資源木の育成(1)
 地上の資源の中で木材ほど貴重で重要な資源は無い。
更新できる木は樹木としては自然環境を作り、木材となっては 作られるものによって第2の命を持つことができる。日本では現在主として針葉樹が育成されているが、東南アジアなどではチーク、マホガニーなどの貴重木が 200年前から栽培され大径木となり貴重な財源になっている。しかし経済効果だけを考えた育成栽培は自然の環境を著しく変化させ生態系すらも変えてしまって いるのが現状である。21世紀は人の英知によって自然との共生をいかに展開していくかによって水の惑星地球の生命が決まる。
 カラマツ(ラーチ)は再生栽培 に成功した樹種である。
ヒノキ、スギ、ヒバなどはいうまでもないが、北海道ではエゾマツ、トドマツも植林効果のある木とされ過去はこれらの針葉樹を育成した。
これからの営林事業は新たなコンセプトによって農林省や環境庁が民活を喚起しながら行っていくことが現在予想されている。
 ゴムノキ(ラバーウッド)は 樹液を採取したあと有効に二次活用されているが、ラジァタパインも東南アジア、豪州などで盛んに植栽され2~30年で使用可能な木となっている。安価な家具、 備品などに必ず顔をだす木である。
 北海道には、今から35年程前、米国からホワイトパインが成長が早い有用木としての苗木が輸入され植林された。その木が現在 径3~40㎝に成長しているが、材が弱く使いものにならないと放置されているが、パルプにも不適のこの木の活用が、今経験と知識、複合の知恵で活用に成功している。
官学民一体の複合協力 が最近目覚め始めているが、これからの大学の在り方のテストパターンとして実行している帯広畜産大学は美濃羊輔教授をヘットにさまざまな問題にトライしている。
学は机上の勉学だけ ではなく実務に繋がった現実こそ大学の新たな道と自然化学を基本に活躍しているが今好意的な視線を集めている。




  更新できる資源木の育成(2) 斎藤 明男
 世界の優生樹の育成、品種改良の努力が足りなかった。
これも林業衰退の現象の一因であり、大局からみた広葉樹の育成ができなかったのは日本全体の責任でもある。世界の有用材ミズナラ、タモ、カバ、センなどは、道材が主であるが自然生長に頼り植林は少ない。 広葉樹は成長が悪い短年換金が難しく経済結果が悪いと林業関係者の考えは固い。現在の国の営林事業は机上の仕事だけで現地実務はない。そして 山には伐採できる木はないのが現状だ。また関係者は現在育ち盛りの若い木が沢山あると表現しているが北海道の山には切れる様な木はないのが今は 常識だ。材にならない木や新立ちといわれる若年木だけになってしまったのだ。広葉樹が成木になるには年月がかかるのは事実だが、今は自然育成のみ に頼る時代ではない。伐ったら直ちに植える育てる基本を実行しなかった過去の国営林事業に問題があったのは事実だが今後どうするかが問題だ。
 北海道の道南と道北では育生する樹種が違う。
道南ではアカマツ、クロマツ、ヒバ、スギ、ブナ、キリなどネム、エノキの木など本州の木も成育する。 街路樹は育生条件を知るために大事な資料となる。新樹種を育成するには他地域との差を験討しなければならない。函館の国道筋のニホンアカマツ並木は 北海道と思えない風情がある、札幌のアカシア、北大のポプラ、リンゴの並木、ライラックも有名、人は元来木と共に生きたそれらから遠ざかり化学 合成の建材などに囲まれると生態の拒絶反応が起きるアトピー、過敏症などは典型的な症状と思われる。樹木育成はいうまでもなく生物に必要な環境を もたらすことを忘れてはならない木の国日本は、森林形成の条件に恵まれている。人たちは金銭ではまかなうことのできない自然環境をみんなの力で 育成することを忘れてはならない。自分の生存中、経済だけを考えるは人本来の生き方ではない。
  更新できる資源木の育成(3)
 広葉樹は育成が難しい。
針葉樹のように簡単に育てることはできない。タモは通称ヤチダモといい、谷地に群生する性質がある。隣接環境に影響を受けやすく一斉に枯れてしまうことがある。またカバもまた群生する樹種であるが簡単に雑交配し名前の付けられて いない木が原生林内にあることを営林事業の専門家が話してくれたことがある。家具材の代表はサクラ、正しくはエゾヤマザクラは比較的に成長が早く 短命といわれている。一般的に径は4~50㎝が限界。これからの有力な育成樹ではオニクルミがある。アメリカのウォルナットに近似種で木肌もきれいで優良樹である。 木材業界は経験で造材、木工場、製材販売と大別されている縦割り社会が今も続いている業界でいろいろな面に改革が必要になってきている。木を切り過ぎたためにもう山に 木がない。成木になるには百年掛かるといわれている広葉樹、百年後のために今こそ育成を始めるべきだ。北海道に適する優良育成樹を世界に探すことも基本的にとても 大事な問題である。生きているうちに金にならない、儲からないからという短期的な経済問題で疎んじられていた木の育成が実は地球人類の生存にかかわる重大な問題である ことを一人でも多くの人が気がつかれること切にを願う。現在、生物共生を基本を考えた樹木の育成はない。人間のために必要な木材を得るためには日本で生産するよりも輸入 した方が価格的に安く入手できる。国際経済の中で諸物価が一番高い日本の現状を見るに当分はこの状態が続くことが考えられる。現在日本で消費される木材の約 50%以上は北洋材~北米材です。いわゆる2×4材といわれている材は通常はパイン材といわれる米マツの小径木を利用していますが輸入量は年々増の加の傾向にあるが これは一定寸法の乾燥材が国内の引き立ての材より安いことが主原因である。木材の国際状況の好転はありえない。
  更新できる資源木材の育成(4)
 照葉樹林文化が流行したことがあるが、北海道には常緑広葉樹(照葉樹林)はない。
東南アジアから日本にかけて照葉樹林帯 あるが、日本中部までがその地帯である。
主として樹木はクス、シイカシ、ヤマモモ、アコウなど、温暖地帯で焼き畑文化といわれ四国九州が主対象となる。白神のブナ林が国の 天然記念物として指定を受けた。北海道にも保護林にしたい天然林があるが過剰な保護は問題もある。しっかりした研究に基ずいた中で作られた納得できるマニュアルがなければ ならない。北海道の森林に木が豊富にあったとき有用樹のセン、シナ、タモ、マカバなどが一本引きにされた。今では北海道の山には大径木(広葉樹)はニレしかない。カツラは 大径木になるとガッポ(中が空洞)になる。ガッポのシナやカツラの木口に昆布を敷いて鉄板を張り五エ門風呂を作ったもんだと古老の話。
サンチンという珍しい木が十勝の山のツネ (峰)にある。
径は余り太くはならないが良い床柱になるがたまに凍裂する。むかし造林に入山していたとき、シバレ(凍結)が強い朝方にバシーンと木が凍結して割れる音がしたもんだと いう。そのころは山の神を祭り縁起を重んじて働いたヤマゴ(造材人夫)の話。北海道の家具産地旭川ではタンスの口板(前板)にタモ玉杢を貼ったものが一世を風靡した時代が あった。その玉杢を探しに冬になれぱ杢屋が山奥に入った、良い杢を探すと一年は遊んで暮らせた話もある。世界の木材が東京の新木場に集まる関西では大阪南港、九州は 熊本、北海道は苫小牧などがこれに準ずる。日本で国内で消費される針葉樹は米国材が断然多い、広葉樹は世界各国から入ってくる。
合板の45%はインドネシアからである。 これからの木材は世界的に品薄になるのは目に見えているが積極的どうしょうという案がないのが現実ではあるが、早急に対策が望まれる。強力な指導者の出現が望まれる。




  針葉樹と広葉樹(1) 
 針葉樹はその大半が北半球に育成している。
裸子植物の中の球果植物を指すが、スギ、ヒノキ、マツ、 ビャクシン、ヒバ、トウヒ、イチイ、カヤ、ナギ、モミ、ツガ、カラマツ、サワラ、マキ、シラベなどがある。
広葉樹(被子植物)のなかにも針葉や 鱗片状の葉をもった樹があるがそれらは針葉樹とはいわない。北海道の建築材として代表的なエゾマツ、トドマツを北海道では松、青木と表現するのが 通例だがエゾ、トドマツは唐桧であり樅である。マツ科マツ属は日本では赤松(雌)黒松(雄)、ヒメコマツチョウセンゴヨウである。建築の分野でヤニマツ といわれて役物に好んで使用されているのは黒松である。昔幕府の天領であった木曽の五銘木といわれたヒノキスギ、アスナロ(ヒバ、アテ)、 ネズコ(クロベ)、コウヤマキは有名だ。正確に表現するとベイスギはネズコであり、ニホンのスギとは異なる、台湾スギは別科ではあるがスギである。
針葉樹は里の木といわれている。
稲作になってから盛んに育成された木である。タイガ~Taigaはスカンジナビヤからシベリヤ東岸、アラスカから カナダ東岸にわたり広く分布し発達している針葉樹の原生林であるが北限は北緯50°~70°の中にあり最暖月平均10℃で冬は平均-3~-40℃となり雪が少なく 比較的に乾燥し地下に厚い永久凍土がある。育成している樹木の構成種は少なくエゾ、トド、ダフリアカラマツなどがあり、地球の酸素発生源の一つでもある、南アメリカの アマゾンもシベリヤもいわゆる乱開発で地球の自然共生の元を破壊していることが分かっていても止めることができないのが現状である。日本列島も徳川時代は深刻な木材不足の 時代があり乱伐を強く戒めていた。盗伐の罪は重く首が飛ぶといわれた。今は大型機械の発達出深山の密林もまたたくまにハゲ山にしてしまう。人間社会の発達が地球を 滅亡させる時が近づいている。
  針葉樹と広葉樹(2)
 20万種あるといわれる広葉樹は世界各地に生物共生の基となって存在している。
 世界で一番軽い木は、バルサ。 気乾比重 0.12~0.34パンヤ科南米産で現在は世界各地に栽培されている、桐に似ているこの木は成長が早く2~30年で活用できるようになる。
 世界で一番重い木はリグナムバイタで 気乾比重1.25、ハマビシ科、中南米産で癒瘡木、生命の木などといわれ水に強くスクリュウや農機具などの軸受に現在でも使用されている。又港湾土木には欠かせない木であり いずれも(広葉樹)である。
世界で一番高い木はヂャイアントセコィヤ、樹高約125m、根本をくり抜いたトンネルを大型トラックが通行できる(北米)広葉樹ではオーストラリアの ユーカリの一種で樹高145mもある。ユーカリは200種以上ありあまり輸出されていないので世界の木材市場にでることは少ない。
高価な木としては香木(沈香、竜脳、白檀など) があり、ヴィオリンなどの弓材となるブラジルウッドなどがあり弓一本分で5~6万はする。スネークウッドも同じように使用されるが劣る。後者はステッキなどに珍重される。
唐木といわ れているエボニー~黒檀、紫檀~ローズウツド、タガヤサン~キレット~鉄刀木、マホガニー、チーク、などはいずれも銘木であり優れた個性を持っている。
象牙と同じ重さで取引き されたといわれるエボニーはエジプト時代の記録にも残っている貴重木である。
長命の木としては、メキシコのラクウショウ6000年、ジャイアントセコイヤ4~ 5000年も生きている例がある。 日本では屋久スギが有名。
成長の早い木ではヤナギ、ポプラ、ユーカリ、ニセアカシア、ファルカータ、ストローブマツ、ユリノキ、などがある。熱帯雨林などでは成長がとても早いと 思われているが活用できる大経木になるには100年の歳月を要する。
成長の早い木は比較的に短命であり、除々に優良木の極成林に変化し成長していきます。
  針葉樹と広葉樹(3)
 針葉樹といえばとがった針のような葉を持つ木ばかりではない。
イチョウのように広葉樹のような葉を持つ木もあり、カラマツのように 落葉する針葉樹もある。カラマツは日本特有の木で信州が原産、別名フジマツニッコウマツ、落葉松など同種にグイマツがある、別名シコタンマツ、カラフトマツといい材は水に強い。 ヨーロッパには欧州カラマツがあるがオランダの水車小屋の基礎土台にはカラマツが使用されている。
日本の大学の木材研究グループがマレーシァの密林地帯にキャンプして 熱帯雨林の樹木観察を行っているが密林の構成が徐々に解明されている。著しく成長の早い木もあるがいわゆる優良木の成長は温帯の木とあまり変らず成木になるには約 100年を要することが分かった。
日本の木造住宅は約20年で立替えが常識のように考えられているが、木の無駄使いに思われる、このようなことでは必然的に国土は荒廃していく。
  少なくとも成長量内の消費か成長年月以上の活用であるべきだ。
オーストラリアでは木材の輸出を禁止している。アメリカは成長量の70%を伐採量としてそのリズムを守っている。 日本は地球上で一番樹木の育成に適した国土を持っている。そのために良質の水にも恵まれて都市部以外はおいしい水を飲むことができる環境を持っている。世界中で年々 良質の水が飲めない地域が拡大しているのは樹木に関連があることはいうまでもない。
鉱毒も広葉樹の葉の層を幾度か通ると毒素が消える。針葉樹の森には生物の息吹は あまり感じられないが、広葉樹の林には微生物や昆虫、鳥、獣が生息している、これらは針葉樹と広葉樹の植生の違いを表している。森林浴が最近貴重に考えられているが 自然の植物、水など汚されていない環境から生気をいただいているのは事実である。東京砂漠とは人の心を表現したものだが環境的にも東京は砂漠化していることは否定できない。




   針葉樹と広葉樹(4) 斎藤 明男
   北海道を代表する針葉樹はエゾマツ、トドマツである。
カラマツは信州の産で、北海道へは明治の始めに入植した 土地に開拓者が植えたもので、後年繁植したものである。
北海道の在来工法で建てる家に使われるのは大半がエゾマツである。トドマツは材は白いが質と してヤヤ落ちる。つい50年前には大径木が密生していた原生林も今は切れる木もない状態である。植林したエゾ、トドマツを毎年一定量伐採できるには まだ2~30年はかかる。北海道を代表する広葉樹はミズナラ、タモ、セン、マカバなどであるが、サクラ、シュリ、アサダ、キハダクルミなども貴重な 存在だ。広葉樹は成長が遅く育生条件なども難しいために植林の実績は少ない。換金が早い針葉樹(トドマツ、カラマツ約30年)は比較的に育て易い 樹種になっている。しかし自然共生の基本である樹木の問題は経済面だけではなく地球全体の大局でいうまでもないことである。広葉樹は自然環境を 維持するために特別重要な木であることは改めて説明するまでもない。森林は自然現象で火災が起きて回復するサイクルでも生命が営まれている。 ミズナラは野火に強く枝が焼けても幹は内部に水を蓄えているので容易には焼けない。高い温度に反応してタネを殻からハジキだす木もある、みな 長い間の自然現象に対応し進化し生き残っている。広葉樹の林には生き物の営みが活発に行われ食べ物も豊富にあるが、針葉樹林には鳥のさえずりも 虫の聲も余り聞こえない。20万種といわれる広葉樹には生き物が生きるために必要なものがすべてありさまざまな仕組みがある、それらは共存の リズム中で長い間に培われたものであるか、それを人間が壊していることを早く自覚し、共生の原則を基本からのやり直しを迫られている。世界中の 人が一日も早く自然破壊をやめなければ地球の生物は遠からず滅亡するであろうことは疑いない。
  針葉樹と広葉樹(5)
 ヒノキは針葉樹の王様であろう。
ヒノキは日本特有の木であり神話にも宮殿はヒノキで造るとなっている。
タイヒ(台湾のヒノキ)米ヒなど近似種があるが日本のヒノキとは異なる。高さ3~40m、直径1m以上になる。気乾比重0.44水に強く耐久性が高いために 諸材中最も用途が広く位の高い木である。面白いことに別名がない。ヒノキ科のアスナロはアテ、ヒバ、シロビ、アスヒ、アスハヒノキなどの別名を 持っている。スギも日本特有の木、高さ4~50m、直径2m以上、気乾比重0.38一般家屋材、桶、樽、曲物などに、葉は線香、樹皮は屋根葺きなどに広く 使用される。産地によって材が違い秋田、吉野、春日、屋久など茶室、役物といわれる床柱、天井板など用途は広い米スギはネズコ科でスギではない。 有名な木曽五木はヒノキ、ヒバ、コウヤマキサワラ、クロベ(ネズコともいう)この中にはスギはない。スギは現在広く植栽され天然の木は少ない。

忘れてならないのはイチイである。
別名、アララギ、オンコ、ムラサキギ、スダノキなど。
欧米では、冥界との境の木として墓地などに植えられる。
オンコの 語源はアイヌ語といわれるが、イチイはアイヌ語でラルマニ。
イチイは宮廷で笏の材として用いられ一位の名を賜った。
先年、アメリカで乳ガンの特効薬 として脚光を浴びたアメリカユウの樹皮から抽出される薬を使用することで治癒率が非常に高くなった記事が機内誌に載っていたが、レポートした人は アメリカユウがイチイとは知らないのであろう。
業界が違うと理解されなくて捨てられることが沢山ある。
世界は今、情報過多になっているが、現在世界に このような現象が随所に見られる。
末端肥大現象ともいえるこの状態はあらゆる業界にいえる。
ともあれ裸子植物、針葉樹は発生4億年の地球の変遷の なかで進化、退化を繰返し( )種程度、存在するといわれる。
  優良材を産出する日本列島(1)
 世界一の森林国はフインランド、二位が日本といわれている(一人当りの森林面積が多い順)。
最近のソ連 及び社会主義国の資料が公開されると順位は変わるかも知れない。
寒冷地のフインランドは針葉樹が多く樹種も少ない。
日本は南北に長い列島のせいか 亜寒帯から亜熱帯まで有用樹だけでも300種にもなる。
北海道の広葉樹の需要は50年前までは限られたものであった。
薪炭、枕木、杭木などがその大半を しめていた。
終戦後、日本が何もないとき、ドイツを中心としたヨーロッパの国々に、インチ材として小樽港から北海道のタモ、ミズナラなどの最良材が 輸出された。それらの材はヨーロッパの最高級家具材として現在も使用されている。
現在、旭川家具業界で活躍中のN氏が、ドイツ外遊中、この実を知り残念な思いを胸に刻んだことを聞いた。
北海道のミズナラは北米のホワイトオークと同材で、タモ(ヤチダモ)マカバなどと共に、家具材の主用材である。 日本の木材業界では広葉樹は雑木と分類しているが重要視されていないかったことが分かる。戦後復興の波に乗った家具業界の木材を支えた国産材も 徐々に外材に席を譲ることになる。ともあれヒノキ、スギ、ミズナラ、ケヤキ、セン、タモを始めそれぞれの特質を持った良質の木の種類の豊富さは まさに世界第一であることは事実である。日本列島は良質の樹木を育成する条件が整っているのである。日本特有の木、アメリカにもある木、中国、 シベリヤ、ヨーロッパなどにも同種、同屬のものがあったりするが、緯度、気候、環境などによって同じ木でも性質が違ことがままある。育成地では 新種が見つかることもあり、樹木が生き延びるためにさまざまに変化していることが分かる。四方海に囲まれ、比較的雨が多く、水が豊富で、かつ四季が はっきりしている。南北に約3000キロメートルの日本列島がいかに特別な島国であるかしみじみと理解できる。





   優良材を産出する日本列島(2) 斎藤 明男
 日本の優良材といえばスギヒノキなど針葉樹が周知の材である。
世界の優良材といえばチーク、マホガニーなど、 唐木とは紫檀、黒檀白檀、タガヤサン、カリン(広葉樹)などをいう。日本は昔から針葉樹を大事にする傾向があるように感じられるが、稲作民族の 安定した生活基盤が里木といわれる針葉樹を盛んに育成し、生活に取り入れ活用していたことが歴史に残っている。世界の木材市場で取引されている 日本の広葉樹はセンで広く知られてまいす。センはハリギリともいわれるがウコギ科の木である。木にはいろいろな呼び名があり、地方名、別名、変名、 業界名、学術名などがありときには間違われたりすることもあります。長い島国の日本では地方や地域によって木の名や認識が異なるので列島全域の木は 分からないこととも多く、自分が住んでいる周辺の木しか知らないことも多い。センは関東圏の大学では何故かハリギリと認識されているが関西の大学校 林学ではセンと教えていることが多い。広葉樹の主要材にタモがある北海道を代表する良材だが関西以西では北海道のシオジと認識されていることもある。 センは銘木合板になり着色塗装されると蝦夷ケヤキとなりケヤキに準じて市場で流通する。床の間、床柱、幕板、違棚、天井、床框、茶室など日本独自の 文化の中で生れた数寄屋造りの木の使い方は日本人が木の持っている良さを120%引き出す工夫を感じさせるものがある。土、竹、紙、漆を活用し自然との 調和の極致で生れた建物は世界でも高く評価されているが典雅で理想的な住まいである。日本特有の木はヒノキ、スギ、アテ、コウ、ヤマキ、サワラ、 ネズコ、モミ、トウヒ、カラマツなど針葉樹。広葉樹~ブナ、イヌエンジュ、ヤマザクラ、ナツツバキ、ミヤコダラ、シナ、トチ、マカバ、ミズメ、 タモ、シオジ、ホオ、ケンポナシなどは日本特産の木、だがまだまだ他に数多くある。
  北海道の有用材(1)
 北海道を代表する針葉樹はエゾマツ、トドマツ、カラマツである。
道南ではヒバスギもあるが数量的には少ない。他の樹種も材積量が少なく市場流通はまれだ。広葉樹はタモ、ミズナラ、セン、マカバ、カツラ、ニレ、サクラ、クルミ、シュリザクラ、エンジュ、 アサダ、アオダモ、ハン、ホオシナ、トチ、コナラ、カシワ、キハダ、イタヤ、ダケカンバなど約120種あるなかで極端に材が少ないのはマカバ、 サクラなどでミズナラも良材は豊富とはいえないがまだ材はある。マカバは大径木になるがメジロカバは径60㎝程度にしかならない、材はマカバで通る。 カバは変種が多くまだ分類されていない樹種もあり亜種をいれるとヤナギについで樹種が多い。ヤナギとポプラは同じ科でヤマナラシ、バッコヤナギは北海道特産の木である。 アオダモはバッドの材料として有名で別名をコバノトネリコと植物学上分類されているが材は北海道のものが良質なのは事実である。アオダモは成長が遅く径40㎝以上の大径木はない。 北海道は樹の成育上道南と以外の地域に別けられる。道南には本州と同じ樹木が育成している。アメリカユリノキも美唄が北限といわれ(札幌植物園にもある)ている。北海道に 持ちこまれ現在定着している木を移入木と表現している。ヒノキ、スギ、イチョウ、カラマツ、ヒメコマツ、ヒバ、サワラ、ポプラ、テウチクルミ、ブナ、アカナラ、ソメイヨシノ、シンジュ、 ハリエンジュ、スズカケ、エゴノキ、ユリノキ、ケヤキ、キリ、キササゲ、ハクモクレンなどは北海道に移入された木だ。もちろんアメリカ、ドイツなどが冠さされている木は外来種である。 最近は北海道も温暖化の傾向なので新しい樹種を道民が協力して移入育成すべき時期に来ていると言えよう。3年前帯広北RCと帯広市の協力でユリノキ、ハナキササゲ、クリ、 ブナ、ケヤキを植樹した心から拍手を贈りたい。
  北海道の有用材(2)
 カラマツは移入木だがいつのまにか北海道を代表する樹木になってしまった。
本州の人が北海道に来るとシラカバとカラマツの風景に 感嘆する。防風林に活用されたカラマツは季節風から農作物を守ったが農作業も変化して、防風林がだんだん減少している。
最近になってシラカバを防風林にしようとする兆しが あるが木の性質や利用価値などを考えるとどうしてシラカバを選択するのか分からない、シラカバは成長が早いが風に弱くカバノキ科のなかで用材として最も使いものにならない 代表の木なのだ。風景としての価値はある。シロップも採れるがシラカバの蜜にアリが寄ってくるシラカバの下に車などを置くと樹液で汚れなかなかとれない、風に弱い木なのに (繊維は粘りがなく弱くもろい)防風林とは驚きの採択といえる。シラカバ材の主要用途は割り箸で一時期フローリングとして使用されたが腐れが早く材が弱いために穴があいたり 有用材としての枠からはずれた経歴がある。比べてカラマツはこれからの建築用材としても有望である。今現在建築用材として使用されているエゾマツ、トドマツはカラマツに比べて 耐水性や耐久性は非常に劣る。カラマツはネジレを始めヤニ、節、乾燥などの点で問題はあるが北海道に適した育成状態を見ると今後はカラマツが主要材として有望であることは 間違いない。現在は短年換金の風潮が強いが、スギのように幼樹から枝を払い節の少ない木に素性の良い木に、大径木にすることを考えるべきである。筆者の住宅は北海道産の カラマツ材で造った。カラマツを使用している部分は200~300年は持つと思う、根拠は材の選別、乾燥、6面樹脂含浸、適材適所使用、防護塗装などにある。北海道に適応して 生き北海道の木になったカラマツ、北海道の住人は勿論北海道の木を使うのが一番で基本は成長した年月以上に長く活用させていただくことである。





  北海道の有用材(3) 斎藤 明男
 カラマツが針葉樹の代表なら広葉樹はカバ、ミズナラ、タモである。
大阪南港周辺は関西の木材の集散地で あるが大手広葉樹の商社の店頭には確保している材の野帳がありミズナラとタモが原木の状態寸法等が記載されている。他の広葉樹は量的に商売できる ような材はないのが現状である、タモ、ナラは建築内部装飾材として活用される材なので需要は多く良材は銘木合板となって活用される。年々国産良材が 無くなっていく現状の中で諸外国の材が活用されることも多い。ラワンは外材の中で一番長い間使用された木材でフィリッピンの木である。東南アジア ではこのフタバガキ科の木は地域によって呼称が違うが皆ラワンで輸入された。現在日本に直接比国からの輸入は禁止されている。鎌倉彫りの素材に 使用されるカツラは日高産のヒカツラが好んで使用される。カツラは正式に分類はされていないがアオカツラとヒカツラがあるカツラが成長するに したがって樹皮が厚くなるのがヒカツラである。ヒカツラは名のごとくきれいなピンク色の材色をもっている、原因はさだかではが土壌と気候に あるらしい。鎌倉彫りの店で材を購入すべく話をしていたら素人でではなさそうだが”どこですか”と尋ねられたので北海道と答えると材は北海道から 採り寄せているとの話しであった。日高のヒカツラはカツラの中でも特別に良材。昔は嫁入の道具に盤板(裁縫用)張り板(着物を洗い麩糊で板に 貼った)などに、また俎板、碁盤、将棋盤などに、版木、彫刻材にも広く使用された。現在は大径木も少ないが昔は径が1m以上のものが沢山あった。 また現在は姿を見せないがタモの玉杢は北海道の箪笥の口板に使用された。冬にスキーで山に入りヤチダモのコブを見つけ馬を雇って引出し、どんな 杢が採れるかうまく当たると面白いほど儲かった時代であった。昔の話だがタモの箪笥は昭和30年代まで続いた。
  北海道の有用材(4)
 薪炭材として長い間活躍したのはイタヤ、ナラである。
薪としても炭としても一級品であった。今では大径木も 無くなったが終戦後は50cm位のものは薪や炭になった。現在は家具材やフローリング材でも径3~40cmの木が主流である。センはハリギリともいい着色塗装で欅に化けることは 前述したがセンは板目が主流の木である。というのはあまり真っ直の木はないから必然的にそうなってしまうのである。しかし大径木がある。現在でもセンの大径木は案外た易く見つけることができる。シナは用途の広い木だが今は大径木は少ない、大半がロータリーで剥かれてしまう。木を薄板にする場合スライスとロータリー法がある。スライスはいわゆる 突き板でロータリーは円周に刃物を当てて剥いていく方法である。前者は0.3mm程度まで薄板に突くことができるが、後者はベニヤなどに使用する1mm前後の薄板を作り貼り合わせ 製品にする。突き板は銘木合板となる。北海道を代表するニレ科の木はオヒョウニレである。別名はアッシ、ヤジナ、ネジリバナ、オヒョウダモなどアイヌ語はアツニであるアイヌの人たちは この木の皮でアツシ(衣服)を作る。材色もきれいで銘木として扱われる良材である。なぜか大径木は無い。元来ニレは丈夫な木であるが材色が悪く狂いが激しいので家具材として は敬遠されていたが乾燥技術も進歩し現在は一般に使用されている。モクレン科のホオノキは日本特有の木で北海道から九州まで育成しているが広葉樹の中では耐久性の高い 木である。彫刻材、柄、器具、細工物、製図板、版木、菓子、寿司型など用途は広い。マメ科のイヌエンジュも日本特有の木で農機具などの軸受にも使用されていることを 知っている人は少ない。エンジュは延寿ともいわれ鬼門の魔除けに梅とともに重宝される。用途は床柱、細工物、器具、機械部品などに使用されているが径3~ 40cm程度で 大径木はない。
  北海道の有用材(5)
 北海道には薪炭美林といわれた雑木林が随所にあった。
炭焼窯は今でも僅かながら存在しているが炭にする材はブナ科の ナラ屬のミズナラ、カシワ、コナラなどとカエデ科のイタヤなどが良質の炭になった。しかしアアダモには負ける、燃料としてもアオダモは最高である。備長炭は炭の王様であるが ウバメカシは気乾比重0.99で日本では一番重い木である。北海道ではオノオレカンバ気乾比重0.94(カバノキ科)である。軽い木はキリで0.30、スギは 0.38、気乾比重とは 木材が15%水分を含んでいるときの重さである。1ccの水の重さが1gであるから気乾比重1.16のコクタンは水に沈む、沈木である。北海道に昔からある木にはアイヌ語がある。 木はニという、トチノキはトチニ、アッシを作るオヒョウニレはアツニ、しかしカツラはランコであり、ヤナギはスス、ミズナラはベロである。自然と共生していたアイヌの人たちは木を仲間として 愛し広く活用して暮らしていた。春先にはイタヤ~トペンニの樹皮に傷をつけて甘いツララを作り楽しんでいた。またシラカバに穴をあけ甘い水タッニ(シラカバ)ワッカ(水)を採取りし 飲んでいた。北海道にはヤナギ科の木が断然多い。次にカバノキ科バラ科の木も以外に多い。サクラ、ウメ、スモモ、コリンゴ、ナナカマドネ、アズキナシ、サンザシ、サクランボなど バラ科にはいろいろな木が多い。建築学界では家具材としてサクラ材が決められていたが桜材がだんだん少なくなりマカバ材が使用されるようになった、現在はマカバも少なくなり ダケカンバなどが使用されるようになっている。サクラはバラ科、カバはカバノキ科で材は似ている。シダレマメザクラのことカバザクラというが、カバとサクラどちらでもよいという意味にも 考えられる。北海道ではエゾヤマザクラ(オオヤマザクラ)がサクラ材として木である。乞参照~北海道の有用材の分類。





  センは日本を代表する広葉樹 斎藤 明男
 センまたはセンノキはハリギリともいい北海道から九州まで日本全土に分布している。
栓、針桐、樹高 25m胸高直径1m以上になる、気乾比重0.52、絶乾比重0.49良質有用な環孔材である。何故か関東圏の大学ではハリギリで関西圏の大学ではセンと表現 している。ウコギ科 英名、Castor Araliaで学名Kalopanax Pictus Nakaiである。日本の他に樺太、沿海州、中国などに産する。枝は太く刺針があり 葉は八ッ手の様に切れ込みがあり大型なのですぐ判別できる。材は柾よりも板目が多い。比較的軽軟材で杢目はきれいで用途は広く断然北海道の材が 良質である。センは世界の市場名でもあり日本材のみである。目は粗いが肌目は白く美しい。関西では欅色に着色して塗装するとケヤキと判別が難しい ほどソックリに仕上る。エゾケヤキとして建材になる。年輪幅の狭いものをヌカセン、幅の広いものをオニセンと言う。春先の若い芽はタランボ同様 食用になる。アイヌ語はアユシニ、大木で船を作った。根皮は去痰の薬に、若葉は食用になる。用途、材は合板(表板、単板、銘木合板)建築(洋風 内装、ドア、建具)家具(洋家具、陳列棚など)器具(長火鉢、箱、漆器下地、盆、木鉢、膳、柄、棒、臼農具、看板、杓子、下駄、洗濯板、船具、 ブラシ背板算盤枠)運動具、機械、土木、車輌、船舶材、彫刻材旋作などに用いられケヤキコクタン、キリなどの模擬材としても使用される。乾燥 難度は中、切削加工は容易である、耐朽、保存性はあまり高くないが材が白いので自由な着染色が楽しめる。樹木の性質上杢目が真っ直の物が少なく 良い柾目材が取れない。だが現在でも比較的に大径木がある。材はシオジ、ヤチダモに似るが少し軽い。和風の建築、家具などに活用されることが多く、 テーブル、座卓などに厚板を使用されることも多く今後も需用は続くものと考えられ北海道の5大有用木の1代表材である。
  北海道の主用材カラマツ(1)
 カラマツが北海道に渡ってきたのは明治の始めといわれている。
そのご100年の内に全道に広がり今では昔から 北海道にあった木のような気もするほどよく知られ移入木と知らない人もいる。カラマツは成長も早く定着も良いので今では道内森林組合の主要樹木になっている。カラマツの特性は水に強くヤニが多いこと、材がねじれることである。カラマツの名の所以は外国の絵の中に描かれている松に似ているので 唐松といわれるようになった。別名フジマツ、ニッコウマツ、ラクヨウショウなどで日本特有の落葉針葉樹である。北海道の風土に良くなじみどこにでも 防風林として広く活用されている。風景にも良くマッチし、新緑の季節の淡い緑は本当に美しくシラカバの緑と共に北海道を代表する美しい木でもある。 造林適合種でもあるためにエゾ、トドマツと共に造林事業が活発に行われている。植林してから約30年で伐採して換金できる。カラマツ= Japanese Larch 別名ラクヨウショウは本州中部から北にかけて自生する落葉針葉樹である。長野県が中心日本特産の木。関東北部ではヒノキ、スギ、 マツについで多く栽培されている。北海道の風土に適応し栽培成績も良好、現在北海道における主用栽培種となっている。世界に同種約10種、 ヒマラヤ~1、北米~3、中国西部~2、アジア北東~1、ヨーロッパ北東から北にかけて1種あり。ニホンカラマツとヨーロッパカラマツの交配種が 病害に強くヨーロッパでは広く栽培されている。朝鮮カラマツ、グイマツはネズミに強いが成長が遅い。雑交配し近縁種が多い。シベリヤカラマツは 成長が遅くヤニが多いので加工は困難である。比較的にクセの無い木とネジレル木があり、乾燥は比較的に容易であるがヤニが抜け切らない場合に後から ヤニが噴き出ることがある。気乾比重0.50、乾燥ヤニ抜きが肝心、水には抜群に強く良材である。
  北海道の主要材カラマツ(2)
 北海道の林材資源で計画的に生産でき比較的豊富に供給できる材はカラマツである。
再生可能な自然素材の 樹木を毎年計画的に伐採し収穫できる理想的な栽培計画によって育生する林を法正林という。
30年経つと木材として活用できる木を仮に毎年100ヘクタール植林し、 30年続けると30年前に植林した木を収穫できるようになる、それ毎年100ヘクタール収穫し、後に植林し続けることで計画的に 毎年同量の収穫ができることになる方法で、樹種はカラマツやトドマツ、ストローブマツなど針葉樹で比較的に成長が早く人口栽培に適する木が対象に なる。問題がない訳ではない、土地によって成長の度合いが違ったり同じ土地に2度目に植林した木の成長が悪くなり、3度目にはまだ悪くなるなど 机上の計画通りにいかないことが多々ある。カラマツは北の気候風土に良く馴染み今では北海道が原産地のようになっている移入木だ。カラマツは ヨジレやネジレヤニなどが強くそれらの問題をクリヤしなければ活用には限界がある。直生の木もあるがある程度成長しなければ見分けが付かない。 直生のものだけを育成するにはまだ時間がかかる状態である。脱脂と乾燥はあまり困難ではない、ただし高温120℃以上の改質乾燥炉が必要である。 自然乾燥だけでは後で問題が起きる可能性が強い(乾燥不十分材は後でヤニが吹きだすなど)。若年木のうちに下枝を払いフシのない木を育て、 無節直材を収穫することも必要である、はカラマツは死節が活用の障害になっている、死節は黒く時には抜け落ちることもあるからである。大径木の 生産の楽しみはテンカラの価値を知っているものにとっては憧れの木材である。大木になると芯が腐って抜けることもあるが、ならない木もある。 事実を確認し活用するために問題を一つひとつ解決していくのは当然である。有効に活用させていだくためそれぞれの立場で協力するのです。





   北海道の主用材カラマツ(3) 斎藤 明男
 カラマツを活用するにはまだまだ問題がある。
在来工法で家を建てる場合一軒の家に柱が約 200本必要である。 端的に3.5寸柱1本の価格が2,000円(引き立ての生材)、木材乾燥賃が10,000円とすると柱1本400円掛かる。
含水率18%が建築材乾燥基準であるが 含水率18%では乾燥不十分でその様な材を使用した家は建築後乾燥が進み寸法変化を起すことになる。 
一軒に使用する木材の価格は100万円にもなら ないので、家を作る時には絶対に乾燥材を使うべきで、少なくとも12%まで乾燥した材を使用すべきである。

木材の乾燥は木によって違うが、12%に乾燥 させると経費が掛かり、更に木材は痩せ、狂い割れが多発し木材屋さんが困ることになるが、早急に解決すべき問題だ。
家は築後1年間は家全体が木材 乾燥装置の状態になる。
窓には水滴、メキメキ、ミシミシと音を立て、いたるところの木材が乾燥し痩せるためにトメは切れ、巾木の下は空いてしまう (在来工法の家)。
2×4住宅ではどうだろう。木質材として集成材、合板が多く使われるために接着剤のフォルムアルデヒドが問題となる。近年化学物質に対しての拒絶 反応ともいえる各種公害病、アトピー、公害性喘息などの症状の原因といわれている石油化学製品や新建材の原材などが問題となっている。それらは人が住む家の素材としては 不適な資材を使用したいわゆる不健康住宅が増えているのは事実だ。理想は地元の自然素材木で作ることが一番適していることは言を待たない。カラマツはそういう意味でも これから北海道を代表する材であり、官学民協力のなかで活用の研究を進め好結果を実現することが急務である。地球上で現在年間35億の木材が消費されている、その 40%は燃料であり、40%は地元で活用されているのが現状である。その中に建築木材が含まれる。これからは再生可能な木材が主となり活用されることになる。
  北海道の主要用材カラマツ(4)
カラマツの乾燥&ヤニ抜きにはいろいろな配慮が必要であるが、そんなに難しいことでもない。
乾燥容量、材寸法と乾燥スケジュール などは経験を積んで理解できることであり失敗して始めて成功のきっかけをつかむこともある。木材の水分を抜くために昔からさまざまな努力がなされている。丸太のまま乾燥を 考えた人もいる。春夏秋冬季節によって材の状態も違い対応の仕方も微妙に違う。脱脂は一般的には高温処理が必要となるため装置の損耗も激しい。改質乾燥には古い木口を切断し新しい組織を表すことも重要なポイントになる。製材寸法の大小によっても乾燥スケジュールが違い、材の結束もしっかり行いアバレを防止することも重要だ。 カラマツの改質乾燥は生材の方が適していることも見逃すことができない事実だ。高温から徐々に温度を下げて常温に戻す時間、改質が終了したあとの馴らし乾燥も 見逃せないし癖直し積みも大切なのだ。高温でヤニ抜きした場合カラマツの水分は0%に近くなる。乾燥日数は3.5寸、4.0寸角材で1週間が基準になる。高温で木材を 処理する場合改質乾燥という。カラマツを高温で処理するとヤニが木材の水分と一緒に沸騰し木質組織に拡散し乾固します。水分と揮発性のベンジンは排出され余分の ヤニは外部に流出します。カラマツは軽い樹脂含浸の状態になります。生材に比べて幾分弱くなりますが問題にするほどのものではありません。利点としては節にも釘が打ち込める ようになります。材の安定は自然乾燥のものとは比べ物にならないほど効果があります。さらに安定させるには自然塗料(樹脂植物油)で6面をパックするように塗装しますと材の 安定と保存性は飛躍的に向上します。パックした木材の水分は表面が皮膜で覆われていますので内部で平均になり徐々に乾燥し又は水分を取り入れますから急激な変化は ないので材寸法は安定し続けます。
  北海道の主要材カラマツ(5)
 数年前に金沢で漆フォーラムが開かれたときの話であるが、福井県にある村の庄屋の建物が修復されたが内部の木部には 漆が塗られていたことが取り上げられた。
昔は家の骨組みを建てた後、風雨に曝し自然乾燥をさせた話しは聞いたことがあるが、漆を塗っていたことに非常に興味を引かれた。 その家は、築後600年経過している事がわかった。
調査の結果、屋根や壁は幾度か修復の後があったが、木組はビクともしていなかった事が報告された。昨年建築した拙宅は カラマツ材を使用して建てたが材の6面に自然塗料を塗布した。現在に至るまで内外の建築家が多数見学にきているが、一年経過の現在変化はなく快適な住となっている。 不思議に感じたことがある。木造の家はミシミシメキメキと木の乾燥し変化するときの音がするものだがこの家は全然音がしない。時間の経過と共に理由が歴然としてきた木が 変化しないのだ。現在この家に満足している。北海道に定着したカラマツはアメリカに渡ったメイフラワーの人々と同じように北海道に新世界を作ったが、それから約百年カラマツの大径木も育ってきている。これからはスギやヒノキと同じように用途にあわせて育成する必要がある。現在間伐材や若年木の活用はある程度成功しているが 5~60年以上成木の 育成活用はあまり進んでいるとは思えない。
十勝にはすでにそれらのことを考え、若木の内から下枝を払い、節のないカラマツを育てている人が居る。林業統計によるとカラマツは トドマツと並んで北海道の育成林業の80%を占めているといわれている。本州のスギ、ヒノキには至らないがエゾ、トドと共に明日の北海道の林業を支えていくための林材である。 それらの有効活用には異脳の参入が必要である。他の業種に比べ林業は環境問題も含めると単なる地域の問題ではない。今までのような対応ではなく、あらゆる接点で 考えることが大切だ。





  北海道の主要材カラマツ(6) 斎藤 明男
 カラマツの用途 
昔は鉱山用の小丸太や足場丸太として良く使われた。
水に強いので土木、橋梁材としての 用途もある。有名なオランダの水車小屋の土台にはオウシュウカラマツが使われている。間伐材は幼木なので成木ほどの強度は望めない辺材も不可。 今は貨物の台いわゆるパレットとしての需要が大きい。電信柱、地形杭、土木(土台、杭木、枕木)、ログハウス部材、集成材としての需要も大きい。 建具、家具、木製玩具、銘木合板、合板、木枠、漁業用、農業用などの特殊用途、足場用、車両、箱材、テンカラといわれる大径無節の材は非常に高く 取引される、天井板、床框、なげし、棹縁などに銘木として使用される。老樹に寄生するキノコ(エプリコ)は胃腸薬。樹皮から染料が採れる。樹脂からは良質のテレピン油が採れ、ガラクタンからはガラクタン糖酸がつくられる、育成地で春秋には落葉キノコが採れ食前を楽しませる。性質、含水率1% の変化に対する平均収縮率、生材から絶乾比重に至る収縮率は柾目方向に0.18%、板目方向に0.28%、保存性中。繊維に直角方向に熱伝導率度は 0.09kcal/mhr℃、誘電率、(IMC)は気乾時3.4、絶乾時1.5内外。着火点は271℃内外。曲げヤング係数10×104㎏/㎝2、圧縮強さ 450㎏、引っ張り強さ 850㎏、曲げ破壊係数800㎏、剪断強さ80㎏、衝撃曲げ吸収エネルギー0.45㎏/㎝、プリネル硬さ木口面で4.5㎏/㎝、柾目面で4.5㎏/㎝、板目面で 1.5㎏/㎝内外で 針葉樹中比較的重硬で水に強く概して強い材である。科学的には水溶性ヘミセルロース、ガラクタンを相当含んでいるのが特異、芯材の水中における強度には定評があるが 割裂し易い、乾燥は容易。表面の仕上げは良くない。節が比較的に多くヤニ壺、ネジレが現われヤニが滲みでることがある。産出される地域によって材の性質が微妙に異なり 芯に空洞化現が見られることもある。
  北海道の主用材カラマツ(7)
 重さは木材を知る意味で大事な目安となる。
カラマツの重さは、気乾比重(水分15%ときの重さ、求める木の c㎥の重さ) が0.50、絶乾比重(水分0%ときの重さ)0.48(平均)である。
針葉樹の中ではグイマツについで重く、赤松、黒松より少し重い。シベリヤカラマツは重く 0.6~0.8もある。 通常若木は軽いことが多い。
北海道のカラマツは概ね0.45から0.55までと考えられるが個体差がある。樹形、直幹性落葉大高木、高さ30m、胸高直径1mにも達する。 樹幹は完円で樹冠は狭い、円錐形、葉は線形。材は木理通直、肌目は粗いが比較的に緻密で光沢がある、早晩材推移が最も急なものに属する。垂直、水平両樹脂道が 存在し垂直樹脂道は木口面において単独ないし数個接線方向に接続しており縦断面ではこれがヤニ筋として認められる。植栽、実生、陽樹、湿地に適する、雌雄同株、 5月に薄いピンクの花を開花、比較的寒冷地に適する。
強風の中でも成長が早く、関東以北、北海道に防風林、庭園樹として広く栽培されているが、近年は再生可能な有用樹として林業の主要育成木になっている。
幼木は冬、鼠に地表近くの外皮をかじられて枯れ死することがある。近縁種としてグイマツ別名(シコタンマツ、カラフトカラマツ、 チシマカラマツ)がある。分布はシベリヤ、沿海州、カラフト、チシマ、カムチャッカ、中国西、満州、一部北海道に見られる、当然ではあるが育成地の環境に変化の中で微妙に 性質が異なる極寒地シベリヤのカラマツはヤニが多く成長が遅いので年輪巾が小さくさらにヤニが多く機械壊しの木といわれ現地での活用が少ない。ニホンカラマツの弱点である 鼠害に強いのでF1と呼ばれる交配種が栽培樹として育成されているが成長が遅い。グイとは黒いという意味で樹幹がカラマツに比べて黒く見える。北海道には明治の始めから 生の木もあるようである。
  北海道の主要材カラマツ(8)
 グイマツについて面白い話がある。
5年程前に東京のさる有名な設計事務所からの電話でグイマツについて詳細に知りたいとのことでした。
東北 仙台市富沢遺跡を発掘中に、2万年前の木が発掘された。
その木がどうもグイマツらしいとのことでした。
状況は径70cmの木が数本発掘され、推定 2万年を経過 したにもかかわらず水の中に埋もれていたその木はみずみずしく現在でも使用できるような状態であったことが判明した。
さらに周辺に焚き木のあとがあり、人間が狩のためにキャンプ した様子がわかりました。
県の教育委員会 地底の森ミュージアムとしてグイマツの展示館を建設し、1996年にオープンし現在に至っている。
地底から発見されたグイマノツは、ちょうど 氷河期に在り年輪巾が極端に狭く300mmで200年以上の年月を経過していることが判明した。
東北地方には、古代に雫石湖と呼ばれる今の琵琶湖よりも大きい湖があったことが わかっている。
今は中国とアメリカにしかない日本ユリノキの葉も、化石で発見されているのだ。
北海道の日高山脈のトンネル工事など大型工事でいつも話題になるが、アカマツに 似た木が谷間などの土中から発見されることがしばしばあったが、それがグイマツであったことが最近わかった。
年代測定はしていないが、仙台のグイマツと何かの繋がりがあるような 気がしてならない。
日本列島が隆起、沈下、地殻変動などの原因で生態系なども変わった歴史があるが長い間に変種が一つの種を形成するのにどの程度の年月を要するかは 判然としない。
現在、大樹町開進にあるカラマツは、日露戦争の先勝記念に明治39年(1906)に植えた木で、幹回り259cm、樹高25m樹齢85年。
グイマツは、松前町字上川にある 幹回り250cm、樹高14m樹齢200年(松前藩の藩船で色丹島から持ち帰り献樹した記録がある)。
厚岸の国泰寺には近藤重蔵が1798年エトロフ島から持ち帰り植えた色丹松がある。





  森林は生きている(1) 斎藤 明男
 森林を形成するのにどの程度の年月を要するのかは何時も論議の的になる。
百年以上の年月を要することは 間違いない事実だ。人類が木材を伐採する以外に地殻変動、火山、森林火災など地球上の森林は発生以来幾度も試練を経て現在に位置している。植物は 地上で一番高く最も人の目を引く生き物である。人間の一生からすると森は季節的に落葉することはあってもほとんど変化せず常に存在しているように 思われるが良く観察するとそれはいくつもの遷移相を経て極盛相の森になったことがわかる。かつて地表は極度に乾燥したり、極度に寒冷であった時代が あったが。気候が回復して植物の成育に適した時代になると一時遷移と呼ばれる一連の変化が地表に起こってくる。何もない裸の土地に始めに地衣類が 岩などに付き地衣類が作り出す酸は岩に穴をあける、その岩の穴に残滓がたまるやがてコケ類が足掛かりを作り次にシダ類が現われ、さらに小さな草や 低木が生えだし地上は次第に植物に覆われていく。植物の根は徐々に地中深く降りていき最後に大きな低木類がようやく姿をあらわし始めた針葉樹に 変わりが根ずいていく、松類がしばらく優勢であるがやがて自分で日陰を作り繁殖が衰える。やがてナラ、ブナ、ニレなど広葉樹の高木に席を譲り渡す。 高木類は急速に成長し森は次第に極盛林の様相を作っていく。極盛相の森は陸上の生物に取って不可欠な多くの要素を蓄える巨大な機構を持っている。 炭素化合物は樹木の木質や土中の堆積物のなかに蓄えられる。水は樹木の組織や土壌のなかに保たれ雨や雪によって補給され維持される。土壌から 吸収した膨大な鉱物質の養分は葉の中に蓄えられ秋に落葉し腐朽して再び土壌に戻る。森は世界の巨大なエネルギーの収集、転換、貯蔵の役目を果たして いる。最も重大な役割は二酸化炭素の吸収であり、酸素の生産であることはいうまでもない。
  森林は生きている(2)
 木が存在したで陸上の生物が生きられるようになった。
極盛林となった森には非常に多くの動物鳥昆虫たちの 棲みかになっている。これらの生き物はそれぞれの領分を守り環境ともうまく均衡を取りながら共生している。植物の種子を食べる動物が増えて 若木に育つ種を食べ尽くすことはめったにない。肉食性の鳥やキツネ、イタチなどが種子を食べるネズミ、リス、鳥などの数を抑える役目をしている。 そして補食動物が増え餌を食べ尽くしてしまうと餌の不足から減少していく。針葉樹林に比べると広葉樹の林では非常に多くの動物や昆虫が棲んでいる。 ナラだけをみても昆虫の数は200種類も棲んでいることがわかっている。そしてそれらを食べるツグミやウグイスなどが種を食べる野ハトやリスと 共生している。針葉樹林には樹脂や油っぽい種子や葉を食べて生きていけるような数少ない生物が生息している。このような森も最近は変化してきている。 最近は人工の森作りが世界の常識になっている。イングランドはかって、森林の国であったが牧畜や戦争のために木を浪費してしまった過去を持っている ために自然と森をとても大事に考えるようになった。ドイツも戦後樹木をとても大事に扱っている。子どものころ森は不思議な魅力を持った世界であった。 大きな木は何か侵しがたい神聖な存在でもあつた。アイヌの人たちは何かに木が必要なときには森に入り木の精霊にお願いして使わしていただいた。 森は回復できる範囲内の伐採と活用をすべきなのは当然だが現在は完全に逸脱している。人間は自分の都合で木を切り、機械化を発達させたがそのために 自ら滅びていく結果を招いている。更新できる資源としての木は地球の生物が生きるために必要欠くべからざる資源であるが利便のために浪費している 現状を速やかに改善しなければならない。地球環境保全を第一に考えての行動が今望まれている。
  森林と人間の文化(1)
 過去の人間の歴史は文化の発達と滅亡を波の様に繰り返していることが分かる。
それは地球上の生物のたどる道 であることは理解できるが英知の人間がどうして同じことの繰り返しを行っているのか理解できないこともある。生物の生存には樹木が絶対必要なことは よく考えると分かることだ。中国長江(揚子江)の上流に5000年前強大な国家があり城祉が残っていた。掘り出された木棺に使用されていた板の幅は 3m厚さ30cm長さ10mの板を何枚も張り合わせて使用していた。他の木は跡形もなく何も残ってはいないがこの巨大な木棺についていた花粉によって年代は分かった。3mの巨大な 一枚板を使っていることを考えると今では想像もつかない巨木が欝蒼と茂っていたことが想像できる。当然であるが構築物も大変な量の木材が使用されていたに違いない。 過去の都市国家は豊富な周辺の森林から切り出される木材によって支えられていたのだ。木材はあらゆる文化の基本であったと考えられる。それらを消費した時にその都市国家は 機能が停止するようになったと考えられる。今の中国は樹木森林のない国としてだれしもが認識している。中国は人類の文化の発祥地としての長い歴史があり栄枯盛衰の記録が 比較的に残っている国である森林は人類が発生以来文化発達のエネルギー源であり、森林資源をいかに確保するかは人間の生存に密接な関係がありバロメーターになっていると 考えられる。秦の始皇帝が造った阿房宮は一万人を収容できる木造の大宮殿は有名だが焼尽くすのに何百日も掛かったといわれているが周辺から膨大な木材が使用されたことは いうまでもない。チグリス、ユーフラテス、インダス、ナイル、ガンヂス、黄江と人間の文化の興隆は大河沿いと周辺の豊富な木材が基本的に必要な絶対条件であったことは 言を待たない。地球上の森林は年々加速しながら消滅している。





 

 森林と人間の文化(2) 斎藤 明男
 森林は太古から何か不思議な魔力を持った存在であり、
あらゆる生き物の基本であったが人間の知能が発達し 人口が増加し、機械化が発達することによって急速にその存在が危うくなってきている。森林は二酸化炭素の吸収、酸素の発生たげではない水の保水 浄化も忘れてならない重大な恩恵である。
 昔から木一石に水一石といわれていた。
山を荒らすと水害になり田畑は被害を被った。木を一本切ったら二本 植えることも教えた。
今は非常に機能が低下しているが日本の林業は世界に冠たる仕事をしていた。いつのまにか現場を嫌い机上の管理をだけをする ような状態にしてしまったのだ。
主原因は切る木がなくなってしまったことが最大の原因だがもちろんそれだけではない。昔から自然科学を研究し森を 作って林材を確保し国土を守り地道に仕事をしてきた姿が資料に残っている、営林署の職員のなかにも立派な人が沢山いた。しかし駄目な人もいた。
中央省庁にも当然責任がある。諸官庁の機能が低下したのでこうなった。過去に林業全盛時代もあったが現在はその面影もない。林業関係者が過去に 名付けた林の名を列記してみると、
国土保安林、治水林、防風林、町村保安林、ご料林、防霧林、防雪林、防潮林、雪崩防止林、魚付林、潮害防止林、 自然休養林、学校林、水源涵養林、海岸防風林、自然維持林、指標林、森林空間利用林、森林スポーツ林、潮害防備林、土砂崩壊防備林、土砂流出防備林、 保護林、材木遺伝資源林、木材生産林、国、県、道、市町村有林、各種共有林、財産区有林、奥山天然林、人工林、里山林、都市近郊林、寺社有林、 私有林、制限林、大学演習林、試験林、2級保安林、普通林、部分林、4号以下保安林1~3号保安林等々と有効活用のための名が付いている。
現在は机上管理だけで成長石数を推定しているが、最近実際の伐採量との差が大きいので問題になっている。
  森林と人間の文化(3)
 製紙会社が山林を確保して消費の回復を考えたのは昔の常識であった。
今でも北海道の山には○○製紙会社林の 表示が随所にある。
木材を消費するものは木を育成するのが常識であった。カーボンオフセットという言葉がある。つまり炭素の相殺である。なんらかの 経済活動で放出した炭素をなんらかの手段で吸収し地球の温暖化を防ごうという考え方である。森林の広域的な機能の一つに空気中の炭素を固定する カーポンシンクがある。森林は二酸化炭素の吸収源である。
そのためにO市のT新聞社は育林事業を始めた。
その会社は年間約3,000トンの紙を消費する。60年生のトドマツの木 2,000本に相当する、天然林の場合好条件下で1ヘクタール当り420本の木が育成できる、そうすると年間14ヘクタールの森林を消失させて いる状態を復元するには、840ヘクタールの森林が必要となる。針葉樹の炭素含有量は47.3%、新聞用紙の炭素含有量は46.1%である。
年間使用量を固定すると すれば、840ヘクタールの土地に60年生のトドマツを保有すると新聞発行によって作りだされる二酸化炭素を相殺できる計算になる。
T新聞は定款に育林業を加え、地元に約400ヘクタールの植林用地を確保し森林育成事業に着手した。将来は外国にも育林事業を広げていきたいとH社長は抱負を語っている。
今年京都で地球温暖化防止の国際会議が開かれて各国が激論を戦わせたが根本的な問題は森林の保護育成であり、近代文化生活の縮小であるが現在の 生活を維持するための諸産業も将来を危ぶませるものも少なくはない、が急に方向転換することは至難である。また現在影響がないといわれているものも フロンのように後で大変な代物弁済が判明するものもある。古紙を使うことが奨励されたが再生に使われる漂白剤は焼却するときにダイオキシンを発生 することが分かった。人工増か問題と共に未来から人類は採択を迫られている。
  森林と人間の文化(4)船
 人間文化に深く関わっている舟は紀元前4,000年前にアシを束ねて作った葦舟ら始まる。
葦、竹などで作られた 筏や舟は今でもチチカカ湖などで使われている。世界各地では樺(ペーパバーチ)の皮で作られたカヌーが残っている。肋骨や梁は通常シーダーで 作られた。アフリカの丸木舟などはイロコが多く使われ、南米の舟や筏材に使われたバルサは(ペルー語で筏の意)世界で最も軽い木で生木で作ると 樹液が水をはじくので舟材として適していた。日本ではスギが、アイヌの丸木舟にはカツラ使われることが多かった。
1954年に発掘されたエジプト クフ王の舟はほぼ完全な形で地下の杭から発見された。船体はレバノンシーダーで作られ、厚さ15cm長さ22mの巨木が使われその他の部品にはアカシヤ、 ビャクシンなど周辺の木が使われていた。金属のなかった時代に大型の舟がどのように作られたかはこの舟が発見されたことによって判明した。この船は実に 7,500排水トンもあつた。
古代の都市国家はまず大河に隣接していることが条件でこれは荷物を運搬することができる水路があることが原因である。発展のエネルギーは牧畜、農産物などと共に木材は 重要交易品であった。舟はその後急速に造船技術が発達しギリシャ、ローマ時代の貿易船、ガレー船、北欧のヴァイキング船、中国のジャンクなどには主としてシーダーが使用され、 木造軍船になるとナラ、カシが使われた。

74門の砲を持つ軍艦一隻を建造するのに成熟したナラの木3,700本を使用する。
ナラの成熟林は成長に最低100年を要したが、 年々大型化し100門装備の軍艦を建造するのに約80エーカーのナラ林を必要とした。
イギリス、ドイツ、フランス、スペイン、オランダなど列強が木材の確保に狂奔した時期がある。
各国が海軍力で大型木造戦艦で戦った18世紀動乱は、結局、イギリスが制覇したがヨーロッパのナラの林は完全に消失した。





  森林と人間の文化(5)古代の家具 斎藤 明男
 エジプト時代の埋葬品の中にはさまざまな家具調度品が残されている。
エジプト時代に職人がどのような 仕事をしていたかが確実に理解できるものが多い。エジプトは木材資源が少なく紀元前2613~2686年には40隻もの大型船がシリヤなどから木材を運んで きたことが記録に残っている。シーダー、サイプレス、アッシュボックスウッドなどで中でもエボニーは貴重木として扱われ象牙と同じ重さで 取引されていた。またエチオピヤなどからの贈り物としてエジプトに持ちこまれた木は櫃、彫像、滑車、ハープ、器具などに使用されていた。 紀元前1390年頃にアメノフィス3世がバビロニアノ王にエボニー製の寝台4基、頭差さえスツール10脚、椅子6脚を贈った記録がある。エジプト産で 有名な木はタマリスクで、シダール、アカシア、キャロブなど、ナツメヤシも使われた。エボニーや象牙などは一般的な木の上に装飾的に且つ効果的に 使用された。像嵌、寄木なども紀元前3000年頃から知られていた。事実がある。古代のギリシャ、ローマ時代の家具はあまり残っていないが アッテイカ陶器などの絵柄に残っている寝台、スツールなどにデザインが残っているものから容易に想像できるものである。木製品接合には臍継ぎ、 木製のダボ木を使用したが接着剤なども広く活用されていた。デザインはエジプト時代の影響を強く受けていたが椅子の脚など動物の脚が徐々に 姿を消し四角な形、ろくろでひいた簡単な形になってきた。ギリシャ、エジプト人は櫃を作り箪笥や新しい形の板張りの長椅子や枝編み椅子を 作ったのはローマ人といわれている。脚と背の湾曲したデザインのかたちをクリスモスチェアとしてよく知られているが紀元5世紀までに非常に普及した。
ローマ人はそのクリスモスチエアをより重厚な形に進歩させたといわれている。
そして西暦1300以降のデザインに多大な影響を与えた。
  森林と人間の文化(6)東洋の家具
東洋では紀元前に中国の漢王朝の時代から、住居で使用する家具や椅子戸棚などが十分に生産されていた。
その頃は中国にも木はまだ豊富にあったが紫檀(ローズウッド)の類が好まれて近隣の諸国から輸入されたが、中国人木は鶏翔木というサテンウッドに 似た木が高く評価された。勿論黒檀なども重用された。中国の木としてはシーダー類、ニレ科の木、クスなどがある。中国の職人は天性の優れた技術で 家具を作ったが、釘などは使わずに継ぎ手を巧みに工夫してダボなども使用せずに斜め継ぎなどを併用した。ほぞ継ぎなどを工夫し素晴らしい卓、椅子、 戸棚などを作った。ヨーロッパやアメリカと風俗習慣の違う中国でそれらの家具は独自の発達をした。大小さまざまなテーブル、非常に変化に富んでいる 椅子のデザイン、使用された素材も多種多様でヤシの繊維から竹藤まで編み形も変化に富んでいる物が多く、作り方も欧米とは著しく異なって、精巧な 回し切り(電文細工)象嵌細工、漆など装飾性の高いいろいろな戸棚を作って自分のもの了っておく習性があった。主要な文明の中の日本はその点座って 生活する習慣を持っていたので中国のように家具の発達はなく、現在も使用されている衣装を掛ける衣桁、脇息、経机、櫃などがある程度で、衣類や、 経、書きものなどの収納には桐が使われた。湿度で膨らみ貴重な中のものを水分から守った。また火に強く焼けない性質も評価されて後年日本独自の キリタンスとなって現在も用いられている。机や食卓もどちらかといえば白木のままで使用する習慣が多く不要なときは押し入れに寝具などと一緒に 了われた。床の間に飾られるものも日本では四季に応じて変えられていた。漆が使われるようになっても漆塗りの汁器は身分の高い人たちの道具であり 庶民のものにはならかった。江戸時代中期から平和の中で庶民の力が台頭し生活用品も一般してくる。
  森林と人間の文化(7)古代の住居
 太古には周辺に豊富にある石や土、木などが住居に使用された。
木が豊富なところでは木が住居の主材料で あった。
現在では木で作られた家は世界でも貴重な快適な住居である。
未開発国のアフリカ、アマゾン、ニューギニア、オーストラリヤなどの原住民は 現在でも自然の素材で必要に応じて木の枝や葉などを使った住居を作り生活している。世界で最古のログハウスは新石器時代に作られていた考古学的な 証拠がある。紀元前1000年スキタイ人は王の墓を丸太で作った記録がある。北欧の豊富な針葉樹林帯はこの地方に必要な建築素材を産出しているが 紀元前700年にはポーランドに丸太小屋の集落があった記録もある。
 北欧のスカンジナビヤでは一般に針葉樹の丸太小家を建てることが西暦1000年までには普及している。
これらの建物は隙間の処理、木口からの腐れなどで欠点も多く耐久力に欠け問題がある。
丸太小屋は欠け込み、切り込み、 あり継ぎなどで建てられたが中世の丸太小屋は窓がなく、一年放置されて木材が安定してから入れ口を切り開きドアを装着した(北欧1250年頃)。
一年の間に 木材が収縮して建物が安定するのである。
日本では東大寺にある校倉(あぜくら)造りの経倉は、いわゆるミカン割りの木を水平に用いて四隅を欠け込ませて 組んだ独特の建て方による8世紀の建物で今でもしっかりと役目を果たしている。
 ヨーロッパなどでは、キリスト教などの教会や王族、領主、豪族など 建築は宮殿、城郭、教会、ど特権階級に限られていたが、16世紀始めに水力製材工場ができて、動力による量産が行われるようになって木材の活用は急速に 発達して徐々に庶民のものになっていく。
木を骨組みにして煉瓦、漆喰、石などを組み合わせ堅牢な建物や住宅を造った。
ドイツのエスリンゲンの 庁舎のように現在でもしっかりと機能しているものも数多く見られる。
日本では城と寺社に多く見られる





  森林と人間の文化(8)日本の木造建築(1) 斎藤 明男
 別稿で述べたが古事記や日本書紀に日本の国造りの時に、神が自分の身体に生えている毛を毟って檜、杉、槙、 楠などを用途別に考えられて山野に植えられたことが記されている。
世界には木にかかわる神話が沢山あるが、日本のような神話は珍しい。
しかし、四面海に囲まれた日本特有の風土から生まれた神話は木の国日本を表現している。その中で檜は宮殿を造るとあるがなぜか今でも日本建築の最高の 素材はヒノキである。棺はマキで、船はスギとクスノキが適材とある。ご存じの通りヒノキは日本特有の木であるが歴史上有名な寺社はほとんど ヒノキで造られているといっても過言ではない。法隆寺の基礎柱に使われているヒノキは千年以上経ってもビクともしていない。現在建築に使われて いる素材は鉄、コンクリート、石、新素材など木に変わるものは沢山あるが諸般の性能を比較すると木が一番優っていることは周知といってよいだろう。 日本の寺社建築は中国の木造建築に影響を受けたことは間違いない事実だろう。しかし今それらの木造建築物で現存しているのは中国山西省にある 佛宮寺の八角五重塔が唯一の木造建築といわれているが日本の室町時代のものであり、飛鳥白鳳時代に造られた法隆寺の七伽藍や薬師寺の伽藍の元に なるものは世界にない。中国の木造の建物は戦火に焼失したが日本は免れたものもありそれらが現在貴重な文化遺産となっている。日本は再建できる 木があったことも大きな意味がある。伽藍の造営には中国に発した五行説(宇宙の真理)による四神相応の地を選ぶことが常識とされていた。すなわち 青竜~春~東、朱雀~夏南、白虎~秋~西、玄武~冬~北である。五行説は天地の間に循環流行して停息しない元気(万物組成の元素となる気) 木火土金水の組み合わせで陰陽五行説(風水学にに通じる)が生まれたが、木が万物の出発点であり基本であることが分かる。
  森林と人間の文化(9)日本の木造建築(2)
 日本の住居は木と紙で造られたマッチ箱と報道されることがあります。
世界の国々ではいろいろな素材が 活用されてお国柄を現わしているなかでアメリカはセメント建築が代表になっている。数年前までセメントは永久に強化し続けると認識されていたが 現在ではセメント高層建築物が老化に伴う補修費がかさみ大変な金額となり事故が起きる前に取壊されている報道が頻繁に行なわれてている。 一方煉瓦、石、土などの昔から使われている自然素材もしくはそれらに準じたものを活用している人たちは現在もいる。日本は木の国といわれている ほど木の文化の中で歴史が作られ生活が営まれているが現在も木造建築物も多いが、他の素材や建築方法に分散し移行しつつあるのが現状である。 住宅としての木造建築物は最も快適で健康にも良く現在では贅沢なものと認識されるようになっている。木造住宅で昔のように技術と経験を活かした 良心的な建物を現在望むことは難しい。戦後の住居がない時代から消費経済に移行したときに木造住宅の耐用年数が決まり20年後には建て替えの制度が 定着した。安く、早く、便利にがいつのまにか行き過ぎて迷い込んでしまったのだ。科学製品や建材が健康生活を阻害し、自然の破壊を促進することに なってしまった。理想的な木造住宅建築を阻むものは乾燥不十分の木材と有害化学建材の乱用である。過大な利益追及も大きな代物弁済を支払わせる 結果になっている。伊勢神宮は20年に一度の年式造替えの制度を採っているが神域内の杉や檜で充足できる仕組みになっているのは日本民族の知恵である。 火に弱い木造建築は戦乱などによって幾度も焼かれた。そのたびに木材が不足して盗伐には首が飛ぶほど日本は木を大切に扱っている。法隆寺は1300年以上経過したいまも健全に残っている貴重な伽藍であるが飛鳥の匠の知恵と技術を今に伝えている日本の宝である。
  森林と人間の文化(10)日本の木造建築(3)
 日本の建築は中国の影響を受けてはいるが徐々に日本独特のものになってきていた。
11世紀頃からの日本の 寝殿造りは天子側近の貴族の起居する館であるが付属する建物も開口部が広く風通しが良くできている。庭園との釣合いが重要なポイントであり、 塀に囲まれた広大な土地に建てられていた。その後の室町桃山時代にかけての書院造り、戦国時代の城に付随する武家屋敷、江戸時代の一般的な商家、 長屋にいたるまで木造の建物であった。ガラスがなかったその頃の明かり採りは障子で、襖などと紙の家といわれる原因になったと思われる。日本の 伽藍の庇が長く付きでているのは雨の少ない中国に比べて多雨の日本の環境から生まれた知恵と考えられる。開口部が多いのは梅雨と多湿に対する 措置だろうと思われる。伽藍の様式は朝鮮李朝後期の宗教建築物の影響を受けて彫り物や彩色が施され工法も組手や斗拱を用いる複雑なものが多い。 難しい技法が工夫が発達したのは鎌倉時代まででその後は以前のような工夫や熱意が感じられないと法隆寺や薬師寺を修復した宮大工の西岡常一氏は 天平以降の伽藍建築の変わり様を指摘している。明治以降はいわゆる西洋建築学が流入しため在来の技法が廃れる傾向にあり、実際の経験がなく本だけで 勉強した人たちが分かる限界があり木の使い方は経験を重ねなければ分からない世界という。
 北海道の建築用材は、エゾマツ、トドマツとカラマツたが、 スプルースと同屬のエゾマツが主役。
トドマツ(モミ)とエゾマツ(トウヒ)の違いは、材質はエゾマツの方が良い。
トドが軽軟、3.5寸の柱は60本梱包で取引される が材が高くなるとトドマツの混材が余計になるという。
北米のスプルースは直径が1000mm以上の木が多く価格が安い。
北海道のエゾマツは直径が4~ 500mm以下が 多い。一体北海道の木材業界は将来どうなるのだろうかが現在の林業家の悩みである。





  木の工芸と文化 楽器(1)弦楽器 斎藤 明男
 楽器とは音楽を演奏するために用いる器具であるが木材によって造られている物が多い。
打楽器、弦楽器、 管楽器、鍵盤楽器などに分かれるが、日本では鳴物と称して打物、弾物、吹物になる。ヴァイオリンなど弦楽器は原形であるインドのシタールは、 リュート式、とチター式がある、日本の琴はチター式で三味線はリュート式である。弓で弾く弦楽器は紀元前800年頃中央アジアの草原民族が使って いたらしい記録がある。ブルガリヤのガドゥルカやレベックは一本の木をくり抜いて作られた。15世紀にスペインでヴィオラと呼ばれた楽器から ギターやヴァイオリンが生みだされた。16世紀これらはヴィオールなどに代わって宮廷にも受け入れられ、始めはイタリヤ人に受けいれられたこれらの 楽器はやがてヨーロッパ中の音楽家やそれらのパトロンなどにも認められヴァイオリンはその後職人達の競い合いの中で技術的に発達を遂げるように なった。伝統的に裏板に使用されている木はシカモアである。ヴァイオリンの裏板になるシカモアは慎重に植栽された50年~100年の原木の丸太を 放射状に切り割厚目板を作る。美しい杢目をヴァイオリン巾の一枚板を手に入れることは至難である、2枚の板をニカワではぎ合わせ、この板から 糸ノコで裏板の形を切り抜き、丸のみなどを用いて削り仕上げる。表板はスプルース(スペインパイン)である。ヴァイオリンの音響を決める表板に 響き孔のf字形を切り抜きナイフで丁寧に削られ仕上げられる。そしてヴァイオリン製作で最も大事で難しいといわれる力板が表板の裏側に慎重に 合わされて取り付けられる。表板と裏板の取付け部分に象嵌には象牙が使用される。上質の弓はブラジルウッドやスネークウッドが使用された。 塗装は上質のセラックニスが数百回も塗られタンポで仕上げられた。有名なストラデヴァリュウはこの頃作られた名器である。
  木の工芸と文化 楽器(2)管楽器
 人類が始まって以来、無数の管楽器が作られたが、それらは概ね三つのタイプに大別される。
どのタイプでも 楽音は管の中の空気を振動させて作られるがフルート屬では管の先に付けた特殊な歌口(リード)によって起こされ、オーボエ屬ではダブルリード、 クラリォネットではシングルリードである。木管楽器の音質は奏された音に一連の倍音が加わって共鳴する事実に基ずいているといわれる。木管楽器に よって音色が違うのは管に使われる木の種類と管壁の厚みであり最も重要なのは管内の形と歌口の形であろうといわれている。フルートは石器時代の 原始人が竹などを弄んでいるうちにたまたま音のでることを発見したに違いない、耳慣れないそれらの楽器は宗教的な儀式などに取り入れられて 現在にいたっている未開部族もニューギニア、南米アマゾンにいる。現在のフルートは長い年月をかけて改良に改良を重ねて操作が迅速正確になったもの。 日本の笛は竹で作られているものが多いが日本は中国と並んで竹の国であるが東南アジアのバンブウは竹と似ているが植物分類学的には違うらしい。 ヨーロッパでは木で作られたものも多い、ボックスウッド(ツゲ)、アフリカンブラックウッド、など硬くて緻密な木が使用された。また竹の外に葦なども 使われている。ホルンなどの長い管楽器には針葉樹のスプルースなどが使われた。中国の笙は日本の古典音楽にも使用されている東洋の古典的楽器で あるがこれらは竹が使われているリードには銅の合金が使われている。笙はベトナムにもありこれは竹のリードが使われていて吹いても吸っても 同じ音がでるようになっている。バグパイプ、クラリネット、オーボエの前身であるショーム、木製のトランペット、パイプオルガンの祖型といわれ ているギリシャのパンの笛などなど、世界にはいろいろな工夫がされた木管楽器の祖となったものが沢山ある。
  木の工芸と文化 楽器(3)打楽器
 近代的なコンサートホールでは木と木の打ち鳴らす音にで会うことはないが、今でも未開発といわれている国や 島の人々の間では木をくり抜いた打楽器?は森の精霊との儀式や連絡用に踊りに重要な存在である。
バリ島のガムラン管弦楽は洋楽に用いられる 木琴の前身である木鍵打楽器類を中心に構成されている。南米グアマテラのマリンバは独自の工夫の中で発達したものであるが使用する木は雌の木しか 使わないといわれている。哀愁に満ちたマリンバの調べは森の中にいる雄の木を想って悲しむ樹木の音そのものと考えられている。ムトンド、タクラ、 メンズウッドのような広葉樹の木鍵は長さや厚みの順に並べられて音階を作る。木鍵の下に吊るされたヒョウタンが微妙な共鳴音を響かせ、中に装着 させる一枚づつの薄い膜は音をさらに複雑にする効果がある。管弦楽用の木琴にはホンジュラスやマダカスカル産のローズウッドが好んで用いられる。 アフリカでは通信に使用するスリット、ドラム(割れ目太鼓)が有名だ。ニューアイルランド島ではブリーストドラムと呼ばれる太鼓が月夜の儀式に 用いられた。アメリカ、インデアンのシャーマンが使う鳥と蛙が彫られた木彫りのガラガラと呼ばれる道具も歌の伴奏に使われている。世界各地で 丸太の中を空洞にした太鼓が今もある。使われる樹木の選択は音の響き、耐久力などの実用性も考えて慎重に検討され、更に祝福された時刻に、祝福 された方角に切り倒された。太鼓を作る人は制作中一滴の水を飲むことができなかった。中国の木魚(クス)は読経のリズムをとるために始め魚板が 使われていたものである。魚は不眠勉強の象徴であった。他にアフリカのサンザ、ニュウアイルランドのコスリ板などがある。日本の太鼓、鼓も神事に 能に使用される打楽器であり太鼓の胴にはケヤキ、クスなどが使われバチには樫(アカ、シロ)が好んで用いられる。





  木の工芸と文化 木彫刻 斎藤 明男
 彫刻は木、石、金属、牙骨などを彫り込み、丸、透し、浮き彫りなどによってフォルムを現わす方法だが、 木は有史以来人類が最も親しんだ素材と言えよう。
粘土などとは違い生き物の木を対象に作品を作る場合失敗は許されない。生き物である木は杢目や 肌目の感触によって作るものを決めるようなことも多い。日本の仏像などは漆塗りの技法が発達していたためにさまざまな工夫がされた、保存と美観の ために布を巻いて漆で固め、金箔を貼って仕上げたものも多かった。外国人が日本の金箔仕上げの仏像を見て黄金の国ジパングと宣伝したので マルコポーロの東方見聞録に紹介されるようになったものといわれている。ルネサンスの時代ヨーロッパでも木彫刻が盛んな時代があり彩色、保護 (ファスング)のために作者がそれぞれ保護剤(塗料)の工夫が為されたことがドイツで発行された絵画技法大全に記載されている。使用された木に 特定材種はない。日本では木彫刻が最も発達した国であろうと思われる。現在残っている木彫りの佛像だけでも大変な数である。使われた木は檜、杉、 欅、楠、桂、などで時代によっても違い作るもの比較的に容易に入手できる木などが選ばれて使用された。日本にある仏像では白檀が一番高価な木である。 白檀は香木として有名な木であるが㎏2~4万円で取引される。現在でもアフリカ、東南アジア特にインドネシアでは木彫刻が盛んである。作品は動物から佛像までさまざまな モチーフのものがあるが作者によって価格の階級あり樹種もさまざまである白檀が最高級で紫檀、黒檀鉄刀木などが高級素材。彫刻の素材としての木の魅力はある人にとっては 杢目と色調の豊かな変化にあり、ある人にとってはアングルを変えることで無限の肌目を得ることできることにある。木材はどこにあっても無限の変化を持つ芸術的な存在であることに 変わりがない素晴らしい材である。
  木の工芸と文化 木版木
 木材は、少なくとも2000年以上印刷の版木として用いられてきた。
文明の基本となった文字は紙の発明と印刷技術の発達に伴って 知識、新事実の伝播が急速に行われ世界の発展を促進させる潤滑油になった。当時の印刷は木材を使って活字や絵模様、時には宗教の絵模様や守り札が一枚刷りで作られた。 版木はナシ、サクラ、プラタナス、シカモアなどが用いられツゲの様な繊維の緻密な木は木口を使いより精密な表現を可能にした。木版の最も初期の応用は繊維の柄のデザインで あった。中国、インド、エジプトでは今から2000年以上前から綿織物などに図柄を木版印刷が広く用いられ中世にヨーロッパに伝わり技術が完成したのはイギリス、とフランスと いわれている。活字が金属になっても挿絵などは木版が組み込まれて用いられ最盛期(15~18)には木版画の巨匠といわれた人たちが数多く現れた。ツゲなどの緻密な木の 縦断面に彫られた精密な版木は実に90万枚もの多量の印刷を可能にした。日本でも江戸時代に流行したいわゆる浮世絵は現在でもその魅力的な作品は芸術的な評価が高く 世界中に愛好家が多い。ゴッホなど有名な画家たちが浮世絵に影響を受けた絵が残っている。金属印材になっても木の持つソフトな線と独特の雰囲気は他のものでは表現できない ものといえる。木版の材は何故か当初は果樹が用いられた。繊維を印刷するときにはロール状の版木を回転させてエンドレスで印刷され色付けは手作業であった。 19世紀には木版は安っぽい広告用のイラストレーションであった。今世紀に木版の復興あり戦前に最高潮に達した時代があった。
版材は針葉樹で商業用木活字として現在も 宣伝ポスターなどに使用されている。
日本の木版画は現在も活発に活動している。
版材としてはカツラ、ホオ、サクラ、カバなどが使用されるが、杢目を活用する場合は、セン、ケヤキ、 ニレなども用いられる。
  木の工芸と文化 木製民具
 一般の人たちが使っていた道具の大半が、木で作られていた時代がある。
陶器ができて食器や容器らは木に代わった。 古いヨーロッパの英単語に”tree”(木製の)という言葉があり財産目録や遺言などに皿や鉢、酒杯、家具などに頻繁にでてくる言葉でいかに生活用具に木が使われていたか が分かる。それらに使われていた木はその地方にある木であり、又は優れた性質を持っていることが理解されて適材が適所に使われていた。ナラ、メープル(イタヤ)、シカモア(モミジ) などが好んで使用された。17世紀には生命の木リグナムバイタ(樹脂は万病に効くと信じられていた世界で最も重い木)がヨーロッパ各地に輸入され人気が高まった。ブナ、カバ、 ウォルナット、ラバーナム(ミズナラに似たヨーロッパの木)、ホリー(ヒイラギ)、ユー(イチイ)、ツゲや果樹などを使ってスプーン、酒杯、食器、クルミ割り、子供の玩具などさまざまな民具が 作られた。日本でも柄杓、スリコギ、まな板、菓子や蒲鉾の型、練り鉢、櫛、米櫃、水桶、味噌樽、風呂桶など生活用品のあらゆるものが木で作られた時代がある。杉、檜、槙、 唐檜、樅、イタヤモミジ、ツゲ、サクラ、カツラ、ケヤキ、カバ、ホオ、ブナなどか広く活用され。東北ではサクラの皮を使ったカバ細工なども広く愛用された。メシへらなどは今でも必需品と 言える。漆が昔から使われていたわが国では木製品の完成度を高めるために汁器、調度品などが階級によって加飾性の高いものが作られていた。燐寸に使われる柳、箸になる白樺、 杉、檜、松など、酒造樽の杉、魚塩蔵用の桂や錻、木作り玩具は雑木、飛騨の一刀彫りはイチイ、アイヌの着物はオヒョウニレ、イノウは柳木、生活用品は錻、桂が多い、 クマ彫りに錻、小さなブローチなどはエリマキ、イヌエンジュネ、イチイなどが使われる。
アイヌ人は、木が入用なときは森ノ神に祈り、許しを頂いた。





  木の工芸と文化 木製運動具 斎藤 明男
 現在、スポーツ用具の木材といえば、アメリカのトネリコ(アッシュ)とヒッコリーが最良の材といわれている。
日本ではコバノトネリコ=アオダモが野球のバット材として最良の材である。
野球のバット、アイスホッケーのステック、テニスのラケット、 クリケット、ポロ、スキー、ゴルフ、ラクロス、アーチュリー、釣竿、卓球のラケット、クラウン、グリーンボール、スポーツにはいろいろな 決めごとがあり現在他の物質に代わったものもあるが昔はみんな木で作られていた。世界で20万種あるといわれている木の中から適材を見つけるのは 至難ではあるが長い時間をかけて絞られていく中で試行錯誤があり結論がでていく。競技種目の中でどこに強度が要求されるのかは違うが、連続して衝撃を与えても折れたり破損したりせずまた木材自体は打球に力を与えるだけの重さを持っているが連続して打撃を繰り返しても腕が疲れたり扱いにくく なるだけの重ささはない等が条件となる。日本のアオダモは気乾比重0.66で通直の素性を持ったものが選ばれるがアオダモは北海道しか材はなく 材積は少ない。1本分の素材は約1mで3,000円で取引される。ゴルフのヘットにパーシモン(アメリカカキ)やアオダモ、シャフトにヒッコリーが使用されていた時があるが今は金属&合成樹脂に代わってしまっているのが現状である。クラウン、グリーンボールのはイギリスでは古くから行われて いるスポーツでボール(径約10cm)にはのリグナムバイタが4個セットで使用されるがボールが当った時の音は競技者に非常な満足感を与えるといわれているが材が 少なくなり合成樹脂に代わってきている。スキー、アーチュリー、テニスラケットで成功した集成材も、グラスファイバーの強靱さに太刀打ちできないことを知っているが、木の持つ性能さえ 劣らなければ今後も愛される素材であることは間違いのない事実である。
  木の工芸と文化 木製玩具
 昔、ヨーロッパの豊かな森林は、樹種が豊富で更に水に恵まれていたので、木の玩具作りは環境の揃った地域で発展した。
玩具作りは 水の流れを活用したノコ、ロクロなどの発達で夏の間忙しい大工、指物師、木彫師などの冬の仕事として常に多忙であった。玩具の定番は古代ローマ帝国の時代から木馬、 人形、組立ての家であったがロッキングホースは常に子供の人気がトップであった。14世紀以降ヨーロッパでの玩具作りは職人の仕事を厳しく規定した制度によって守られ地域の 産業を確立した。ヨーロッパの玩具作りの技術は植民地の開拓者によってアメリカにもたらされメープル、クリ、ヒッコリー、バスウッドなどの豊富な林材のあるアメリカ東部に 玩具作りの拠点ができた。ロッキングホース、砦と兵隊、農場と動物、積み木、ゲーム、橇、荷馬車などアメリカ製の玩具はとても作りが頑丈であった。いろいろな木製玩具は 歴史の中で繰り返し作られた。針葉樹のスプルース(フゾマツと同じトウヒ)、ラーチ(カラマツ)は安物に、広葉樹ライム(ヨーロッパ産のシナノキ)ヒッコリー、アッシュ、は木彫りの 模型に、摩耗の度合いの激しい玩具にはボックスウッド(ツゲ)、メープル(カエデ)などが使用され製品は高級品になった。玩具は世界中にひろがり各地で特色のある玩具と なって定着した。その後人形などは陶器の発達で別の世界を持ったが1700年代に人形の家を収集してこれらを飾ることが流行したコレクターがやがて人形の家を発達させるように なった。人形の家ではスプルースなど針葉樹のぞんざいに作られた家具は、使用人室に置かれ、階上には名工によって作られたオーク、チーク、ウォルナット、マホガニーなどの豪華で 優美に入仕上げられた家具や付属品が備えられているのである。
木製玩具は、いまでも世界各地で個性あふれる製品が作られ、子供の夢を育んでいるのである。
  木の工芸と文化 弓と矢
 オーストリヤとイタリヤの国境アルプスで、氷付けの5000年前の男が発見された。
世界にセンセーションを起こしたこの事件は その人の持ち物を検証することによって更に人類の歴史を揺るがす事件に発展していった。
ユウ(イチイ)の弓と矢、銅の短剣を持ち旅の途中であったその人は皮の服を着て 15種類の木を持っていた。

弓の歴史は古く、どの木材からでもで作ることができるが、伝統的な弓はユウ(イチイ)で作られた。
20世紀になってグラスファイバー弓ができるまで続いた。
猟と戦いの道具として弓はユウの理想的な丸太から単弓を作る場合、芯材と辺材にかけて木取る。弓は引き絞ると辺材が伸び芯材が縮む、柔軟な辺材が芯材を破壊から 護るやくめをする。
弓は弦を外すと真っすぐに戻る性質を持っていなければならない。
そのような独特の性質をもっいるのは、ユウとオセージオレンジだけである。

異なった木を張り 合わせて弓を作る場合、接着剤は膠を使用する。
破損した場合は、蒸気で蒸して膠を溶かし片方の木を交換することもある。
2本の木を中心の握りでフインガージョイントで 接合する。
ヒッコリー、グリーンハート、トネリコ、コーネル(ミズキ)、ランスウッド、デガメ、スネークウッドまでいろいろな木が使われたが、合成弓でユウに優る木はない。 1346年クレシーの戦いで、新型兵器を備えて対峙したイギリス軍に、3:1と優勢であったフランス軍は16回の攻撃を行ったが、180mの距離からのイギリス軍の射る長弓隊の矢に 敗退した。
フランスの弩が一本の矢を打つうちにイギリスは8本の矢を撃つことができ、7,000人の射手は一分間に10万本の必殺の矢を射ることができた。
矢は、オーシュウアカマツかオレゴンシーダーで作られ矢長、径、羽根、矢尻は弓の大小目的によって違う。
日本の弓は、竹と木を張り合わせて作る。木はアズサ、マユミなどが使用された。矢は矢竹で 作られる。





  木の活用 分類(1)北海道の有用木 斎藤 明男
   木を活用するときに必要になるのは木の分類である。
どのような木があり手に入るかが問題である。有用な 木を知ることから始まる。実際に木製品を作っている人たちもそんなに沢山の木を知っているわけではない。過去に使ったことのある木何かのきっかけで 知った木、手に入り易い木などで簡単に材種を決めることが多い。北海道では建築(和風建具も同じ)には針葉樹~エゾマツ、トドマツ、カラマツで あり、家具(クラシックドアを含む)にはミズナラ、タモ(ヤチダモ)が多くマカバは家具材として最高の材ではあるが最近は良材の入手が難しく なってきている。サクラ、キハダ、クルミ、シュリ、アサダなども個性のある木として忘れるわけにはいかない。カツラ、ホオも用途の多い木。 イチイ、イヌエンジュは、床柱に欠かすことのできない木である。北海道に昔からあった木にはアイヌ語名がある。また木はいくつもの別名を 持っているものが多い。オンコは広辞苑によると東北以北のイチイの方言(アイヌ語)とあるが語原は判然としていない。世界的にはイチイは 弓の素材として有名であるが、アイヌ民族もイチイをクネニ(ラルマニともいう)といっている。クは弓、ネはなる、ニは木で狩猟用の弓を作る木の意。 イチイの学名はTaxusはギリシャ語のTaxon弓に基づく説がある。イチイは一位、ムラサキギ、シャクノキ、アカギ、アララギ、スオウ、ミネズオウ、 紫松、紫木、水松、アブラギ、ヤマビャクダン、キャラボクなどと非常に多い。松浦武四郎の蝦夷日誌の中に松前地方ではイチイをオッコ~オンコと 呼んでいることが書いてある。アイヌ人を昔和人が蝦夷(エミシ)と呼んでいたがこれは弓師から発したような説もある。
日本語はアイヌ語、韓国、中国の 影響を受けている言葉が少なくないが、北海道に移入された木にはアイヌ名がない。又地方によっても呼称が違うことがあるので注意が必要。
 木の活用 分類(2)北海道の有用木
 一つの木の名前が沢山あるのは、長い年月の間に、各地の人たちとの交流といろいろな経験から生まれた理由によるものと考えられる。
木の名はいわく因縁があり、諸説がある。
北海道に昔から育成していた木の場合はアイヌ民族が付けた名の影響を少なからず 受けているのは当然であろう。和名を多いものでは2~30を持っている木もある正式名が判然とせず調べるのに苦労することが良くある。
シコロ、 キハダ、又はセン、ハリギリ。イチイ、オンコなど、アメリカ材にも、アメリカンバスウッド=バスウッドアメリカン、オークホワイト=ホワイトオーク、 アッシュブラック=ブラックアッシュなど索引は複雑なものになる。
木材にたずさわる人たちは、ヤマゴ(伐採夫)、製材工場、販売業界とそれぞれ 違った呼び方をすることがある。木が育成している地帯の人たちには昔からの特有の名もあり方言などと混じり調べるときに苦労することが多い。 木の国日本では太古から適材が適所に使われていた事実が残っている。古事記に槙を棺に檜は宮殿に杉と楠(タブノキ説もある)は舟となっているのは 経験の知恵と思われる。狩猟民族のアイヌ(人と訳す)は舟の材料としてその地方に育成している木の中から選んだ日高地方ではカツラが使われることが 多いのはカツラの産地であり大径木が沢山あったためでアイヌ神話にはニレの舟は縁起がよく猟果が多いと思われていた。ニレにはハルニレ、アキニレ、 オヒョウニレがあり北海道にあるのはハルニレとオヒョウニレでありアキニレは東北南部以西の暖地に育成する。
ハルニレは直径2mの大径木(現在もある )に成長するが材色が濃淡さまざまなのと寸法変化(狂い)が激しいので用材としてはあまり歓迎されないことが多い。
オヒョウニレは良材である。 アイヌ民族はこの木の皮を春に剥がして繊維を採り衣服(アツシ)を作った。ケヤキはニレ科である。
  木の活用 分類(3)北海道の有用木(カバ)
 樹木は長い間に雑交配して別の種類の木ができることが多い。
カバやナラなどがその代表ともいえる。マカバは 北海道の有用広葉樹の中で最も価格の高い木であり材積も少ない。高級家具材としてマカバは貴重な存在である。
近似材としてメジロカバがあるが 植物学分類上もマカバと同一視されている。
マカバの別名を挙げると、
ウダイカンバ、サイハダカンバ、マカンバ、カバ、カンバ、サイバダ、セイハダ、 ミネバリ、シラカンバ、サハダ、ガンビ、カバ、メクラカンバ、ブタカンバ、カンビ、ナガバシラカンバ、アカカンバ、チャカンバ、キカンバ、カバキ、 カバザクラ、イヌクソカンバ、コッパタミネバリ、イタヤミネバリ、シラビ、タツツラ、ウダイ、ウダイマツ、ウデイ、カハハオ、ヤマナ、ソデ、テラシ、 ブニュゥ、ヨコジソゥジ、タイハダ、トモシカンバ。シタット、シタッ、シータット、タチニ、タツトニ、シタツニ、カリンバタツ、(アイヌ語) 。
鵜松明樺、カバノキ科カバノキ屬、北半球の温帯から亜寒帯に至る地帯に約40種あり高さ30m、径1.2、樹齢300年、気乾比重0.67、日本特産。
 マカバに準じた木はダケカンバ別名、サゥシカンバ、サゥシガンビ、ダケカバ、タケカバ、サハブナ、サザナギ、クロカンナバ、サハブサ、アカヨコジ、 タケシカンバ、カバ、シラカバ、シラカンバ、アカカンバ、ヒカバ、オニカバ、タイカンバ、タコガンビ、ブタ、ブタガンビ、シラハリ、エゾノダケカンバ、 タケゾウシ、サゥシノキ、アズサ、サッチラ、カビ、ガンビ、カカンボゥ、ドスガンビ、ドスカンバ、サチラ、タツラ、マギ、カンビ、カンビョ、ガンピ、 ガンビ、テラシ。カムイタット、ヘリタット、カパットタット、ペタット、タットニ、レタッタッニ、シタッ(以上アイヌ語ニとは木のこと)。
高さ15m、径1m、樹齢100年、気乾比重0.80。
このように沢山ある名はいずれも正しいのである。





 

 木の活用 分類(4)北海道の有用木(クルミ) 斎藤 明男

 もう一つ例を挙げると、クルミ科クルミ屬のオニグルミ。
別名、クルミ、クルミノキ、グルミ、グルビ、クルビ、 グルメキ、クルビノキ、クルメ、コゥクルビ、クリビ、クルペノキクルベノキ、ヒグルミ、オグルミ、オクルミ、ホングルミ、クロビ、クロベ、クヒビ、 コグルミ、ミグルミ、マルグルミ、ゴンミグルミ、ヤマクルミ、オホクルミ、オトコクルミ、ダンゴクルミ、ボヤ、ワカギ、オッコロシ、オッコロミ、 シェミチョ、ノグウメ、ノブ、ヤチオコギ、ヤマギリ、ウルシ。ネシコ、ネシュコ、ニシュコニ、ニシコニ、ニヌムニ、シノコ、実はネシコニムヌム (以上アイヌ語)
胡桃、落葉喬木、高さ30m、1m、気乾比重0.53、北半球15種ある。
ブラックウォルナット(米クロクルミ)と同じで個性的な種類の 優良木であり、育成も比較的早い、林業関係者には何故か好まれていないのはクルミの周辺には他の植物が生えないのも原因一つと考えられる。
昔、朝廷にクルミ油(灯油)は年貢として納められていた。
近年は銃床材として各国が競って育成した。
クルミ材は銃床として最高の材で、今でも 高級銃床はクルミ材を使用している。
芯材が使用できるまでに50年かかる。
ドイツでは素性の良い直材を作るために密植し枝を払って育成した。
クルミといえばオニグルミをいう。
変種のヒメグルミは、オタフククルミともいい古くから栽培されている。
テウチグルミ(中国原産)の実は薄く割り易い。
シナノクルミはペルシャのフランケットクルミとテウチクルミの交配種といわれている。
日本で栽培されているクルミは接ぎ木によるものが多い。
葉は漢方薬として強壮、利尿、去痰、躯虫剤としてしも焼け、打撲、湿疹等に効用があるいわれている。樹皮、葉、実の青皮は毛生薬となり液汁は黒系の 染料となる。
サワグルミは下駄などの材として活用される。
材質はオニグルミの芯材が何といっても優良材である。
  木の活用 分類(5)北海道の有用木(ミズナラ) 
 Joak. Qcrispula Biche. ブナ科 Fagaceae.
名称〔日〕ミズナラ〔中〕水楢〔英〕(屬)Oak〔独〕(屬).
別名ヤマホソ、ナラマキ、マナラ、ノイシナラ、 ヤマホソ、ナラ、ナラノキ、オナラ、アヲナラ、キンナラ、オホバナラ、イシナラ、ハナラ、ヌカナラ、タチナラ、ゴゥナラ、シロナラ、クロナラ、 カシナラ、ドゥナラ、ナラゴ、ナラホソ、ナラホゥソ、ヲトコナラ、ミズナラボゥソ、ミズナラボゥソゥ、ミズボゥソゥ、ミズボゥソ、カシハ、 カシハノキ、ナラガシハ、ハハソ、ホゥソ、ホホサ、ホゥサ、オホボゥソ、ナラボゥソ、ドゥナラホウソ、ミズホゥソ、ホウソマキ、ホソ、ホサ、 オゥソ、オゥサ、マキ、ジドウマキ、ミズマキ、ドンドロマキ、コンダラゥマキッ、ゴトゴトマキ、ゴンダラマキ、ゴマギ、ゴンタラゥ、ドゥダ、 クヌギ、ミズキ、ドングリ、ナラドングリ、オホバスノキ、シロゥツナキ、オニバサコ、シダミノキ、ハハナ、ナルトコ、シバ、バリタリノキ、カノハ、 ホキ、タラノキ、サシカ、コバカシワ、カラフトカシワ、モウコカシワ。シベロニ、ベロニ、サッフ、 (アイヌ)、ムルカリ、ムルチャムナル(朝鮮)。
雌雄同株喬木、高さ30m、直径1.7mになる。コナラなどと混生する。
本州中央山脈では1,000m以上の高地、北海道、本、四、九、沿海州、中国、朝鮮、樺太などに産する。
用途、内部造作、船舶、車両、枕木、薪炭、集成材、建具、家具、 木製玩具、銘木合板、合板、インチ材、棺材、漁業農業用などの特殊用途、車両、箱材、洋酒樽用、椎茸栽培用など。
気乾比重0.68でやや重い、コナラと非常に似る。
樹皮から染料が採れる含水率 1%の変化に対する平均収縮率、は柾目方向に0.19%、板目方向に0.35%、耐久保存性は中庸但し辺材は低い。
切削加工はやや困難、表面仕上げは中庸、紋様のある杢目非常に美しい。
割裂困難。人口乾燥は、最も困難なもの。 割れその他の欠点が出易い。
戦後に欧州に輸出した材は北海道のミズナラと有名。
  木の活用 分類(6)北海道の有用木(イチイ )
  TaXUS cuspidata(オンコ)
イチイ。 東北地方、北海道ではオンコともいう。
広辞苑には、オンコはアイヌ語と記してあるが、アイヌ語では タラマニ、ラルマニ、ララマニ、ウルマニ、クネニなどでクネは弓、ニは木である。別名はキャラ、キャラボク、チャラボク、オンコ、オッコゥ、 オッコ、オッコノキ、オコ、オンコゥ、アッコ、アッコノキ、ウンコ、ネンコ、スハゥ、スハゥノキ、ヤマスハゥ、ミネスハゥ、ミネゾゥ、ミネズボ、 ミネツブ、ムネツブ、ミネドゥ、ミネゾ、ビャクダン、ヤマビャクダン、アカキ、アスギ、アブラギ、シャクノキ、シャクギ、サクノキ、サクギ、 シャゥシャゥノキ、カジキ、ヘダ、ヘダマ、モロムギ、シビ、トガ、ヒトツバ、モミ、シホシホノキ、インゾゥ。
朝鮮語ではチュモク、チョクモク、 キョンモク、ノカリナム、チョモク。
英~ユウ、独~アイベ、仏~イフ、伊~タッソ、スペイン~テホ、オランダ~タクサス、デンマーク~タクス、 スエーデン、~イデグラン、ノールウェイ~バーリンド。
用途 世界的に弓の材料として、有名である。
日本民族は竹と木の張り合わせた弓を用いるが アイヌ民族を初め世界中の人が弓の材としてイチイが用いられ戦いを左右する飛び道具として貴重な存在であった。
床柱としては芯辺材の色違いを 活かして用いられ床框、落し掛け、床地板、棚板などに用いられ、笏や鉛筆、彫刻、一刀彫りの材として、又刀の鞘、槍の柄、民芸品、食器、箸、 茶筒、茶托、菓子器、標札、腐朽しにくいので門柱などにも利用される。
高さ10~20m、直径0.5~1.0mで日本全土に産するが現在は北海道が主産地、 飛騨の一刀彫りなどにも使用されている。
気乾比重0.51で針葉樹としてはやや重い。
芯材から赤染料蘇芳が採れる。
近年、イチイの皮に含まれる物質から 乳癌の特効薬が発見され治療に成功している。治療に成木2本が必要といわれアメリカのイチイが激減しているといわれている。

     

 ■ 木の雑学  木の店 木楽 以下 引用 

 ・ 吸湿 木が湿気を吸うのは厚さ何ミリまで  
よく、「木は呼吸する」と言われます。これは、木の表面が湿気を吸ったり吐いたりする調湿作用のことを示しています。例えば、厚さ4ミリで1m×1mのヒノキ板が含むことのできる水蒸気の量は、8畳間程度の部屋が25℃のときに含む量と同じぐらいだそうです。では、木の調湿作用が働くためには、どのくらいの厚みが必要なのでしょうか? 
 1日の水分の出入りは厚さ3ミリまで
木がどの深さまで吸放湿しているかを調べた実験があります。それによると、1日の湿度変動で水分が出入りするのは、表面から3ミリ程度の深さまでということがわかったそうです。実験は24時間周期で温度と湿度が変化する箱の中に、側面をアルミホイルで覆い、木片を入れて行いました。木片を一定時間おきに取り出してスライスし、厚さ方向の含水率分布を測定した結果、含水率が変化するのは表面付近だけで、中心に近いところではほとんど変わらなかったそうです。このデータを用いて、いろいろな周期で含水率が変化する深さを測定したところ、表のようになりました。 (表)
 木の調湿効果を生かすには 
この結果から、木の調湿作用を十分に引き出すのに必要な木の厚さがわかります。
一般的な無垢のフローリングは15ミリですから、1ヵ月周期の調湿に有効だといえます。このような調湿効果を生かすには、表面の仕上げに注意が必要です。湿気を通しにくい塗装をしては意味がありません。
 ・ 含水率  含水率が100%を越える木がある
「含水率」は、木材に含まれる水分の割合を言いますが、例えばスギの黒心(くろじん)では、含水率が100%~200%と100%を超えることがあります。水分の割合が100%を超えるというのはどういう状態でしょう?「含水率」のカラクリを見てみましょう。
 含水率の求め方
含水率は、「全乾重量」という木材が完全に乾いたときの重量を基準にしています。つまり、「乾く前の木に水分がどれだけあるか」ではなく、「水分の重さが、完全に乾いた木の重さと比べてどれだけあるか」を表しているのです。
一般に、水分の含まれる割合は全体の重量を基準にする「内分比」が多く用いられます。例えば大根1本に含まれる水分の割合は、
大根の重さ-完全に乾いた大根の重さ÷大根の重さに×100をして表せます。この場合、水分の割合が100%を超えることはありません。
しかし木材では、
木材の重さ-完全に乾いた木材の重さ÷完全に乾いた木材の重さに×100をして求められるため、含水率が100%を超えることがあるのです。
「木に含まれる水分の重さ」が「完全に乾いた木の重さ」を超えると、含水率が100%を超えるのです。(図)

 

■ 木はどこがどのように成長するのでしょうか。

■ 現在、日本の山の30パーセントが死にかけているといわれています。山々には木があり青々としているのに、どうして死んでいくのだろうという疑問が私にもありました。

■ 森林認証で道産木材に活 佐藤木材や住友林業、相次ぎ取得  日経2009.03.10

 持続可能な森林経営を評価する森林認証を取得する動きが道内で広がっている。
 道内の取得面積は50万ヘクタールと全国一。
網走西部では、住友林業など民間企業と国や道が認証を取得し、木材のブランド化に取り組む事業も進む。道産木材は需要低迷が長く続き伐採期を迎えた森林は多い。付加価値を高めて安い海外産に対抗し、需要の掘り起こしを目指す。
 道内の森林認証の取得面積は2009年1月時点で50万2709ヘクタール。国内の約半分を占めている。
 道内で認証取得が盛んな地域は網走西部。同地域だけで取得面積は約30万ヘクタールと道内の過半を占める。地元企業の佐藤木材工業が2004年に569ヘクタールの認証を受けたのを手始めに、住友林業や国、道などが相次いで保有する森林で認証を取得した。
 網走管内の紋別市は06年以降、市有林2200ヘクタールで認証を取得。市発注の工事で認証木材を優先利用するなど普及を後押ししている。08年の洞爺湖サミット(主要国首脳会議)を記念して開かれた環境総合展にも出展してPRするなど、認証木材のブランド化にも取り組む。



■ wiki ヨーク (イングランド)

ヨーク(York)はイングランド北部のノース・ヨークシャー州の都市である。 単一自治体(unitary authority)で、人口は186,800人である(2005年推定)。
ローマ時代には、属州ブリタニアの要塞エボラクム(Eboracum)であった。
「ヨーク」の名前の由来は「イチイの木」(yew trees)といわれている。



■ 工房TAKUさんの「どんぐりのページ

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 ・家38 鵜野日出男さんに大工さんを目指す若者たちへの教科書を書いてほしい。
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・ 家47 一条工務店のi-cube03。 地震に強く、躯体は100年から200年の長い寿命
・ 家46 一条工務店のi-cube02。 最高の省エネ性能が健康で長寿へ。幸せの家
・ 家45 一条工務店のi-cubeは、最高水準の省エネの家。 今後の5つの課題とは

 ・家44 アメリカカンザイシロアリとヤマトシロアリ・イエシロアリ対策の家づくり
 ・家43 アメリカカンザイシロアリは、今後 大きな社会問題に。 2009年05月01日
 ・家42 タマホーム。 大手ゼネコンのマンションより耐震性があってエコで高性能。
 ・家41 木造なら、地震にとても強い ローコストの家は可能。
 ・家40 大半が最低の耐震等級1!大手ゼネコンの鉄筋コンクリートの建物(マンションなど)
      副題) 最低の耐震等級1で鉄筋コンクリの建物を建てる理由を説明してほしい。

 ・家39 太陽の光と 木々と 鮭と シロアリと。 乾燥した木は腐らない。築600年の家。
 ・家37 水道光熱費が半減できた、お母さんの省エネ技とは ?
 ・家36 なぜ、2万円を浮かせるために2000万をダメにするのかな?
 ・家35RC 鉄筋コンクリートの建物は耐震 等級3で。震度7でも大丈夫という誇りや自負を!
        副題) 愛ある建物
 ・家34RC 鉄筋コンクリート造り(RC造り)の建物を建てるときには、耐震等級3と外断熱と
        日射の遮光の3点が肝心!
 
 ・家33RC これからの新しいマンションの耐震性と省エネ性能は激変する!
        副題) マンションの性能は、日本の富そのもの。
 ・家32RC 鉄筋コンクリのマンションの多数は耐震性が最低の等級! (お金の知識⑪) 
        副題) 東京財団からの提言
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 ・(お金の知識⑨)09 貯蓄のあとの投資を考える。大きな損を避ける。投機と家に注意。  

・ 家31 インスペクターの活躍と工務店のレベルアップ
・ 家30 ローコストの哲学。  ローンの金利が複利で何百万円も違う。(kappa さん)
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