2つの活動を 公平に 大切に。   慈しみあうことは、美しきことかな

副題) 正心館の館長へどうかお願いします。 (外野が言うのもなんですけど…)


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幸福実現党 観察日記」さんの 地方巡錫エピソード(1) を読ませていただいて、
愛深く、篤い信仰心のかたたちがどう思っているか に触れることができました。
ありがとうございます。

■ 地方巡錫エピソード(1)  2009.09.14 「幸福実現党 観察日記」
   http://www.manjusri.net/archives/2009/09/14/23/02/  以下引用です
 ……話は一月以上前にさかのぼる。
夏の盛り、いよいよ、当地にも、総裁が来られることが決定した。
 士気あがる支部の面々。
こちらでは大会場を借りなかったので、自前の精舎での講義となった。
当然、本会場の礼拝室は小さいので、大多数がモニターで見ることになる。
 さあ、ここでいつも難儀な人選がなされる。
それは、
「総裁のご講義をナマで聞くことができる本会場に、いったい誰が入るのか」
 ということなのである。


こうした局面で、本部長、支部長や支部の職員の中には、平然と会員をランク付けする人も少なくない。

 いわく、貢献度の高い人間が入るべきだ。
 いわく、お役についているものがはいるべきだ。
 ……こんなふうに、自分たちの実績に貢献した順番に、優遇してやるという態度を示す。
 結果として、「本会場入り」は一種のステータスになることが多い。

ところが、今回、当地では違った展開が待っていた。
B夫人という、当ブログでよく名前が出てくる高齢の女性リーダーが、リーダー会員達の前で、こう提案したのだ。

B夫人「みんな。
あたしたちは先生が好きでここに集まっているのよね。
誰だって先生のそばに行きたいのは当たり前だし、ごく自然なことだと思う。
でも、あたしやあなたたち、お役付きの人は、いままでさんざん先生の話を聞いたでしょう。
だから、あたしたちの支部は全員、役付や「菩薩信者」の人は、本会場を辞退しましょうよ。

そして、その席は、若い人とか、ボランティアをしていても、一度も先生から直接お話聞いたことのない人に譲りましょう。

そのほうが先生、喜ばれると思う。」

 うむっ! よく言った!

B夫人は、二十数年前の幸福の科学第一回、日暮里酒販会館座談会からの信仰者である。

 思い起こせば、

 そのころは、東京ドームなどで席が足りなくなった時、高額のアリーナ席のチケットを買って座っていた役付きの会員や、講師たちが、皆、惜しげもなく席を譲ってドームの後ろで立ち見をし、会場に入りきれなかった一般の人たちを先生のそばで聞かせてあげることがよくあった。

 伴侶が見た話であるが、ホテルでの研修会で、大きな広い会場で迷ってしまい、開演間近だというのに空席を探しておろおろしている人を見て、前列にいた幹部職員(その後まもなくして理事長になった)が立ち上がり、その人に近づくや、案内して自分の席に座らせ、自分は静かに最後列に下がり、立ち見で総裁の話を聞いた、というケースもあった。

 『幹部職員が率先して、そういう行為をする団体が幸福の科学である』
 みな、それを当然のことだと思っていた。
 それをほこりにしていた。
 その姿を美しいものと思っていた。

 残念ながら、その精神が、大団体になるにつれていつの間にか薄れてしまった。
しかし、この「本物の宗教が持つ純粋な愛」が無ければ、幸福の科学が世界宗教になるなどとはありえない、とB夫人は考えたのだ。

 さらに、小生の伴侶も
「最近、一部で、布施をしたとか、活動に貢献したとか、役付だから、という理由でサンガの中で優遇されることによって、ほかの会員さんを見下したような態度を取ったり、先生のお話の時に、毎回最前列に陣取って当たり前、という考えや風潮があるようだけど、それはちょっと仏の考えからずれていると思う。
 それはすでに、見返りを求める心が入っているのではないだろうか。
布施をしたり、活動をした、ということが、仏の心にかなうことならば、仏と同通した行為を為した時点で、栄誉が魂に刻印されているはずでしょう。
だったら、「活動ができた」ということがご褒美に他ならず、霊的に見れば魂に蓄えが出来ている。
なのに、その上、見返りを求めて、この世でいい思いをしよう、尊敬されよう、とした瞬間に、その魂の蓄えは消えてしまう。
もしもリーダーが全員、そうした心を捨て切って、 『貢献度が高い人ほど、席をゆずるのが当たり前』……その雰囲気をつくることができたら、先生が「ああ、ここのみんなは、わかっているね」と、どんなに喜ばれるだろうか。
 この支部では、そうやってみんなで先生を喜ばせたいものだ」

 と言っていた。

もちろん、「席を譲ろう」運動は、有志に限り、であり、同意できない人は、そのまま出席してもよかった。

 話し合った末、支部の役付きの面々は、全員、その案に同意した。 

(なお、ご指摘いただいたので強調しておきますが、「席を譲れと上から強制」したわけではなく、一夫人の提案を、皆で話し合った結果、受け入れた、という状況でした。
また、その提案を他の会員さんに強要したと言うこともなく、「その場にいたリーダーが (たいてい本会場に座るのはリーダーでしたので)、思いやりの精神を発揮して、席を譲ることで、先生をおもてなししよう」という点で一致した、という状況でした。
ですから、これを通達として出したわけでも誰かに強要した訳でもございません。あくまで有志の行動です。
 念のため記載いたします。)

 ……以上、B夫人が、
「みんなで、馥郁(ふくいく)たる愛の実践をしましょうよ。
そして、はじめて先生のお話を直接聞くことができた人たちの喜びと、彼らを見て喜ぶ私達の豊かな喜び、それらの愛の空間を作って、先生をお迎えするっていうのは、とても素敵なことではありませんか?」
 と、皆に呼びかけ、皆は応じた、という話であった。

                          (途中です このあと大変な話が…)

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こころが 洗われました。読ませていただき、ありがとうございます。
信仰する人というのは、実に、なんというか、思いが深いです…






確かに。確かに。

狭い部屋に、入りきれない参加希望者。
さて、その限られた席をどう配するか…。
これは、難しい。



活動の実績に応じて、「公平に」処遇するのは大切でしょう。

そして、活動の実績と言っても、目に見える活動の実績もあれば(毎年とか表彰されるような活動)、目立たない活動だってあるでしょう。

宗教団体であれば、ときどき、会場にそっと来られて、掃除をし、洗い物をし、黙々と手伝って、そっと帰えるような方々がいらっしゃるでしょう。
おそらくは、主婦のかた、年配のかた、退職され第二の新たな人生のかたがたでしょうか。

そして、この目立たない活動を黙々とされている会員のかたの中には、一生に一度でも、仏にお会いしたいという熱い思いを持たれているかたもいるでしょう。

この思いを、「公平に」受け容れる面もまた大切・・・。





仕事場では、こういう発想が出来る職場や上司やベテランは、マレです。
そういう上司やベテランが身近にいるとわかったなら、ステキです。

職場の中でのことなのに、世界が きっと 違って見えてきます。
 「世の中はステキだ」
 「渡る世間は鬼だけでなく、仏ばかり」 
と、世界にきずなを感じ、世間の見えない多くの人たちからの愛情や信頼を突然に感じるようになることでしょう。

「幸福実現党 観察日記」さんのお話しに、わたくし、感銘を受けました。




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実は、「幸福の科学と幸福実現党を愛する中年男性、時々昔話」で、ぶし父さんの
お姉さんが悲しまれた件
を、読んで以来、難しい問題だなぁと、ずっと思っていました。

総裁先生(主)と会員との間柄は一体となっていいのですが、中間の幹部の会員が官僚的でよくない。仏から見たら皆仏の子でかわいいのですが、幹部の会員は会員をランク付けして差別しています。

こんなこともありました。私の姉は、総裁先生にいつか会いたいという一心で某正心館で毎週ボランティアしていましたが、総裁先生がその正心館に来られる情報をいっさい教えてもらえず、礼拝室が狭いというのもありますが、植福菩薩や(この人は貢献されているからいいと思います)
肩書きのある婦人部長や地区長だけ情報が流れ、姉は涙を流して悔しがっていました。
情報は平等に流すべきだと思います。

以上批判めいたことも書きましたが、批判ではなく提言だと思ってください。
きっとまた改善してよくなると思います。




連絡が流れなかった人たちに、
法話が終わったあと、後日、どのようなアナウンスがされたのでしょう。

法話があったのに、後日その話題にに触れないままなのでしょうか?

また、法話があったという話題になった時に、連絡が行かなかった人たちに、実は法話があったのだけど…と、どういう表情でそれを伝えるのでしょうか…

うーん、そうか。
仏子父さんのお姉さんは、支部ではなく、もっと大きな本部的な正心館だったから、たくさんの人たちがいるから、「連絡が行かなかった人たちに、実は法話があったのだけど…と、どういう表情でそれを伝えるのでしょうか…」
というような、外野の心配は、無用なのかもです。
一人の悲しみが、気にならない規模の大きさが正心館にあるのでしょう。


でも、連絡も来ずって、悲しい思いをした人たちって、一人じゃないんじゃないかな。

事前連絡なし事後連絡なしの「無視」。
「無視」は、悪口や中傷、誹謗以上に、痛いことがあります。
ときに無視は、「あなたには価値がないのよ」という意味にもなります。


部屋の収容数の問題は難しいですけど、
「幸福実現党 観察日記」さんのお話しにあったような支部の人たちの心境に及ぶのはムリとしても、 ボランティアされている準出家者のかたがたを「無視」 しない正心館運営、ボランティアされている準出家者のかたがたにお知らせ連絡は行く運営を したほうが いいんじゃないでしょうか。





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 ボランティア   volunteerの語の原義は志願兵であり、歴史的には騎士団や十字軍などの宗教的意味を持つ団体にまで遡ることができる。
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 義勇兵(英: volunteer)は、正規軍に所属せず、自発的に戦闘に参加した戦闘員を指す。
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「幸福の科学と幸福実現党を愛する中年男性、時々昔話」のぶし父さんのお姉さんの話しを、読んで以来、これはどう考えたらいいのか…、難しい問題と、思い考えていました。

日を置いて、「幸福実現党 観察日記」さんのお話しを読んで、その胸のつかえがおりた気持ちになりました。

でも、こうして記事を書いていると、支部でなら可能でも、もっとおおきな本部的なところでは、そういう機微は、難しいのかな…と思えてきました。




支部なら、顔が見え、名前がわかる関係です。
人の気持ちを察知することができるでしょう。

けれど、正心館なら、きっと、清掃やかたずけや献花とか、いろいろなボランティアをしていただいている方がそれなりに人数がいて、それらの方々が、「大川隆法総裁」に生涯で一目お会いたい…と思っている気持ちまでは、正心館の館長は考えない…現状なのでしょう。




信仰する人にとって
ひごろ、床を拭き、窓の桟をぬぐっている信仰の場の会場は、いわばブッダの御身をぬぐっている感じなのかなと、思います。

仏教のほうでは、ほとけとは、肉体をもったブッダという存在以外に、説かれた法がじつはブッタなのだという教えがあったように思います。
 ■ 法身 - Wikipedia 

真理そのものとしてのブッダの本体、色も形もない真実そのものの体をいう。真理(法)の身体、真理(法)を身体としているものの意味で、「法仏(ほうぶつ)」「法身仏(ほっしんぶつ)」「自性身(じしょうしん)」「法性身(ほっしょうしん)」などともいう。



であれば、仏の教えが説かれる仏閣は、ブッダの法のお体の一部という感じにもなるのではないでしょうか。 


内村鑑三は、青空の下、この天地すべてが教会である。
的なことをおっしゃっていたような気がします。


青空の下、すべてが教会なら、

青空の下、すべてが仏閣や寺院や神殿だったりもするわけです。
ましてや仏閣の中の、トホケ密度は、結界され、とても濃そうです。

では、仏閣は、ホトケの法のお姿の一つで、ホトケのお体…、でしょうか。



仏閣へのお掃除や献花は、
ブッダの御身をぬぐうに等しい、神聖そのものの信仰の行いなのでしょう。



マグダラのマリヤは、説法し歩き疲れたイエスの足を自分の長い美しい髪をぬらして拭いて清潔にし、高価な薬効のある香油を塗って足を清め癒し、お疲れのイエスを慈しみいたわったような光景を何かで読んだような記憶があります。

イエスやブッダの御身を感謝の気持ちでぬぐうようなお気持ちで、信仰のあるかたがたは、神殿や教会、そして寺院や仏閣を、掃き清め、拭い清めていらっしゃるのではないでしょうか。




礼拝堂で祈られるかたがたとともに、

布教され、献金され、活動されるかたがたとともに、

仏閣を敬虔なお気持ちとともに清掃されるボランティアのかたがたのお姿に、
人の、もっとも尊いお姿があるのだと思います。



ブッダが、もしも、仏閣に来られるのなら、

その仏閣を清め掃除され磨かれているボランティアのかたがたにも
なんらかのご配慮がいただけないものか… と、思ってしまいました。






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仏閣にご法話に来られる、そのかたが、
もしも、ホントウの 本物のブッダなら、その配慮が必要になると、思います。


だって、もしもホンモノなら、優曇華の花ですよ。
何千年に一回とされていますし。


だって、もしもホンモノなら、盲亀の穴ですよ。
何千年に一回のそのときに、
自分が数十年の同じ時期にピッタリと、
300も500も1000も小国がある中で、同じ国に、
それも、歩いて法話を聞きにいける距離、100km以内ぐらいの区域に
生まれ合わせるのは、確かに、盲亀の穴 でしょう。

■ ユーチュブ2分のうち1分目あたりに盲亀の穴


輪廻転生を10回しても、1回の間隔を300年とすれば、3000年の間に、人生50年×10回で500年が会えるかもしれない範囲です。 
それ以外の2500年間はまったく会えません。
100回 輪廻転生しても、
1000回 輪廻転生しても、
運がなければ、どれだけ回しても、スロットの大当たりの目は揃わない…。


私は、今回、100年ずれて、国が違って生まれました。
私は、エドガー・ケイシーに、お会いできていません。

たとえ、同じ時代を同じ国で過ごしても、会えなかったり、無関心だったりかもです。
たとえ、同じ時代を同じ国で過ごしても、聖書にないエドガー・ケイシーリーディングを読んで、これは「カルトだ」と糾弾したかもしれないです。
ひどいときにはリーディング内容を読みもしないで、ありえない、これは「カルトだ!」と、ブログ記事を「いのの独り言」に書いて、コメントを100ももらい、拍手を300もらって、それみたことかと得意になっていたかもしれません(笑) 悲惨です。




仏閣にご法話に来られる、そのかたが、
もしも、ホントウの 本物のブッダなら、仏閣のボランティアをされているかたがたにも
なんらかの配慮が必要になると、思いますよ。


だって、「優曇華の花」で「盲亀の穴」で、ふつうは100回 転生しても 会えないときには会えない存在 と、仏教では 言われているのですから、
もしも、来られるのが、ホントウの 本物のブッダなら、
ふだん、仏閣のボランティアをされ、ブッダの御身を拭っておられるかたがたにも、
一目でいいので会わせてあげたいと 館長も職員も、思うはずでしょう。

それが思われていない…。
つまり、正心館の館長も職員も、そのおかたが ホンモノかどうかの最後の確証が、まだ得れていない? 
だから、正心館の掃除をされているボランティアさんのお気持ちなどを汲み上げない?
だから、総裁がお出でになることの連絡がボランティアさんにはないのでしょう。

ちなみに、ボランティアの原義は、義勇軍です。(渡部昇一さんの著作にありました)
つまり、自主的に、命を差し出す(戦闘)ということで、参加した、もっとも讃えられるべき忠勇の人々たちです。

ボランティアさんのことを、
正心館の館長は、建物の管理維持の面から、便利な存在としてしか見ていない? 
だから、総裁が当正心館にお出でになることの連絡が、当正心館のボランティアさんには行かないのでしょう。

 ほんとうの信仰心が、まずは館長に必要です(笑)

ブッダに会うのは、偕老同穴 浮木盲亀だから…、
一目でもいいからお姿を見たい、お会いしたい…という、ボランティアさんの 切なる、切なる、心が理解できる、信仰の深さを館長は持たないとね。

相手がブッダだと思うから、浮木盲亀の切なる思いが出てくるのです。
それがわからないのだから、まったく館長は、いかんちょう。




B夫人や「日記」のかたの奥さんには、きっとその確証、「このかたは再誕のブッダだ!」があるから
ブッダに一目でも会いたいかたたちの痛い思いがわかるから、次の考え方になるのです。

「 みんな。  あたしたちは先生が好きでここに集まっているのよね。  誰だって先生のそばに行きたいのは当たり前だし、ごく自然なことだと思う。  でも、あたしやあなたたち、お役付きの人は、いままでさんざん先生の話を聞いたでしょう。  だから、あたしたちの支部は全員、役付や「菩薩信者」の人は、本会場を辞退しましょうよ。  そして、その席は、若い人とか、ボランティアをしていても、一度も先生から直接お話聞いたことのない人に譲りましょう。  そのほうが先生、喜ばれると思う。

「最近、一部で、布施をしたとか、活動に貢献したとか、役付だから、という理由でサンガの中で優遇されることによって、ほかの会員さんを見下したような態度を取ったり、先生のお話の時に、毎回最前列に陣取って当たり前、という考えや風潮があるようだけど、それはちょっと仏の考えからずれていると思う。   それはすでに、見返りを求める心が入っているのではないだろうか。  布施をしたり、活動をした、ということが、仏の心にかなうことならば、仏と同通した行為を為した時点で、栄誉が魂に刻印されているはずでしょう。  だったら、「活動ができた」ということがご褒美に他ならず、霊的に見れば魂に蓄えが出来ている。  
なのに、その上、見返りを求めて、この世でいい思いをしよう、尊敬されよう、とした瞬間に、その魂の蓄えは消えてしまう。  
もしもリーダーが全員、そうした心を捨て切って、 『貢献度が高い人ほど、席をゆずるのが当たり前』……その雰囲気をつくることができたら、先生が「ああ、ここのみんなは、わかっているね」と、どんなに喜ばれるだろうか。   この支部では、そうやってみんなで先生を喜ばせたいものだ」

と言えるのでしょう。


B夫人や「日記」のかたの奥さんには、きっとその、
そのおかたがホンモノかどうかの最後の確証があるのです。

その信仰心は深く、
例えて言うなら、日本海溝 8020メートル のような感じではないでしょうか。




館長や職員に配慮が足りないことがあったとしても、それは、どうすることもできない、いかんともしがたいと思いました。
人それぞれの信仰心の深さがあって、それぞれの考えたかが生まれます。
それはどうすることもできないです。





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幼いころ、おばあちゃんに、「優曇華の花」というものがあって、なかなか花をつけないと聞いた気がしましたが、調べたら、「仏教で「3000年に一度花を開き,そのときに如来が現れる」とされている とありました(笑) 


優曇華の花のたとえの意味は、3000年に一度、会えるか会えないかという出会いがあるということでした。
イエスさまは2000年前ですから、
2000年に一度会えるか会えない…なのかもしれませんが。


たまたま、偉大な人と同じ時期に、地上に輪廻転生していても、
たまたま、同じ国の、同じ地域で同じ言葉を使うところに生まれていても、
それでいて「カルトだ!」と誤解しないで、教えを説くかたのもとに、たどり着ける確率は、たいへん少ないのだとと思います。




うちは、お風呂に くもん出版から出ている「おふろでレッスン せかいちず」(¥ 1,029 ¥ 648)が貼ってあります。

ほんとうは、息子たち用です。
でも、きっと私のほうがしげしげ見ています。

国境線と国名だけの超・シンプルな、風呂の壁にくっつく、とても大きな地図です。
国境線と国名だけの超・シンプルな地図は、めったに売っていないのですが、この、「おふろでレッスン せかいちず」がそうなので、とてもありがたいです。
 ● 1日3分が年20時間になる地理の楽々基礎作り

子供たちは、国境線だけの地図なので目移りしないです。
私は、国境線だけの地図なのでのびびと想像できます。

ふと、グリーンランドのそばの、アイスランドを見ては、ここに生まれていたら今ごろ、どんな人生だっただろう…と、ふと思います。

アイスランドを想像するには、まず北海道ぐらいの大きさの島です。
そして、中央部を険しい活発な火山と氷河だらけにして、海岸部にわずかに平地。
旭川の人口ぐらいで、それはほぼ、札幌小樽あたりに位置するレイキャビクに集中している島を想像します。

いや。アイスランドに生まれるなら、バイキングがこの無人島に入植した900年ごろがいいなぁとも思います。 レイフ・エリクソン(幸運のレイフ)に従って、グリーンランドの入植地経由で、カナダ東部のニューファンドランド島に渡来し、ランス・オウ・メドウで生きのび栄えていたら…とか、
 ● 「鱈(たら) 世界を変えた魚の歴史」は、食育にぴったり!
イギリスの北部のスコットランドに目を移しては、ここに生まれたことはあるのだろうか。それが中世だったなら…とか、世界各国を転々と想像するのが楽しみなのですが、


 いま、日本に生まれることが出来て、本当に幸せと感じます。


日本は、世界でもっとも書籍が新たに出版される国です。
エドガー・ケイシーの著作が翻訳されて広く読まれているのは、キリスト教文化圏ではなく、もちろんイスラム教圏はなく、むしろ日本だったりします。


エドガー・ケイシーに出会うには、この日本が一番でした。
ただし、ご本人ではなく、著作や研究結果に出会えました。

ご本人に会うのは相当、難しい試練が待っています。
ご本人に会えるとは、私が100年前のアメリカの生まれる事を意味し、私の宗教心を求める気質上、敬虔なクリスチャンだったであろうことは間違いなく、
そして・・・、聖書に輪廻転生なんてどこにも明言されていない。
と、ご本人のエドガー・ケイシーを糾弾したかも…です。 おおっ、こわっ。

エドガー・ケイシーが、キリスト教に欠けてしまった教えを補完するために生まれた天使だったかもしれない などとは決して思わないでしょう。

信仰心があっても、それは広い視野は意味しないです。
イエスが、教えを説いてたった3年で磔にあった…という、教えが説かれた期間の短さを考えなどしないでしょう。 


尊敬する、ご本人に、輪廻転生先で出会うといっても、なかなか難しいことです。
それでも、もしも、ご本人に出会え、
なおかつ理解できたなら、あるいは信仰できたなら、それは幸せなことでしょう。




同じ時代に生まれても、万里の波濤の太平洋や大西洋の向こうまで、交通の便、費用、言語の障害を乗り越えて、会いに行かねばならないことだってあるわけです。

それが、近くの正心館に、ブッダが直接、法を説かれに来るとわかったのですから、信じられないほどの幸運です。

でも、連絡がもらえない。
あなたには、連絡するだけの価値がないから。と言わんばかりに。

信じられないほどの幸運は、
一転し、信じられないほどの残念に変わるでしょう。


ブッダに会って、流れるなみだなら、
ブッダに会えないとわかっても、流れるのです。




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礼拝堂が狭いなら
礼拝堂以外で
一目 会わせてあげりゃいいじゃないか。


と思ったのですが…。
なにか、まずいことがあるのでしょうか。

礼拝堂に入りきらないのはしかたがないです。
でも、礼拝堂じゃなく、一目 会える機会は創れると思うのですが…。



まず、車から降りて、玄関まで歩いて礼拝堂に入ってくる道すがらです。
礼拝堂で座ってる人たちとは別に、人の出迎えの歓迎路を創れるでしょう。
法話の前の集中を乱してはいけないのなら、笑顔で無言で拍手でいけます。
このお出迎えで、一目会うことが可能です。



次に、礼拝堂の横の廊下や別室で見守れます。
廊下に入りきらなければ、建物の外周でたたずみ、思いをはせてもいい。
こうして、見守りをしたい人にはしていただいたらいいのではないでしょうか。



そして、法話が終わって帰るときに、玄関を通り、外の車まで歩くのだから、退出路に、見送りの人の列が可能でしょう。
礼拝堂で直接、顔をあわせて話し聞けた地方や支部の役職者は、退出路に見送りは、その他のかたがたに譲ればいいでしょう。

退出路の人列まで、地方や支部の役職者が ぜんぶ、とるから、
正心館の掃除をされているボラティアのかたが 一目会える その一瞬の機会まで なくなってしまうのであって、

そこを譲れば、多くの人が、お姿を一目見れる。
目と目が合った、笑顔だった、後ろ姿を拝めた、声を聞けたと、喜びの声になります。


一目会う機会を用意し、その機会でよければと、
ご連絡することでよかったのではないでしょうか。 



正心館でボラティアのかたは、マグダラのマリアの気持ちで、感謝し、お疲れを気遣い、御身を拭うお気持ちで掃除されているのでしょう。
どこの世界に、マグダラのマリアたちを、イエスに会わせないという無粋な、情のないことをする人がいるのでしょうか。ありえないことだと、私は思います。



正心館の館長なら、きっと直接、お話が出来るのでしょう。
退出路の見送りの人列は、当館でいつもボランティアをされている方々や活動に熱心な方々です」と総裁に声をかけ、総裁が、いつもより一層、笑顔を向けれるような気持ちを誘導することだってできます。


また、館長なら、秘書に話しを通して、あるは、総裁に直接、お話しして
帰りの退出路で、見送りの人列があります。
そこで5分、スピーチをお願いします。
」 と、お願いしてみることだってできます。


また、館長なら、

「帰りの退出路で、見送りの人列があります。
そこで5分、スピーチをお願いします。」

「できれば、握手を全員にしてください」

「玄関口で、記念撮影します。 お時間がないときには、総裁とわずかな人しか写りませんが、あとで見送り者全員に焼き増して配ります」 

と、お願いしてはいかがでしょう。



また、正心館の玄関には、総裁が登れる3段ぐらいの台座を用意して、玄関を開けて外に出られたらそこに登っていただく。
すると、人列に加われず、遠巻きにして見守る人たちも、総裁のお顔を見れます。

そのときに、写真を撮ってもいいなら、撮っていただきます。
撮った写真は、それぞれの家で、きっと受け継がれ、語り継がれる家宝になるでしょう。



飛行機や列車の時間に余裕があるのなら、秘書は、総裁が正心館を出て、5分スピーチして、握手しての時間を織り込んでの予定を作るようにしてはいかがでしょう。

また、飛行機や列車の時間に余裕がないのなら、法話の時間を5分10分短くして、外での数分スピーチの時間だけは作っていただくことを検討してほしいです。


総裁が、正心館なり、支部に来ることで、そこに悲しみのタネがまかれるような運営をしてしまうのは、館長か秘書が信仰心への理解が深くなく、一目見たい信仰者の切実な気持ちが理解できていないからではないでしょうか。 それとも、総裁を一目見る機会を創るという発想がなく、仕事が下手なんじゃないでしょうか。


巡錫と書いて、じゅんしゃくと読むのでしょうか。
総裁は、ずっと、各地域をいろいろな支部を回られていておられるとのことです。

周囲のかた、秘書は、疲労管理に気を遣うことと思います。
お時間と健康、疲労管理と、いろいろと懸案は、あろうかとは思います。

 時に、5分スピーチもできない。
 時に、見送り者への握手もできない。

そういうときがあっても、

総裁が、法話が終わって、建物を出て玄関の外に立ったなら
 用意させた台に上って、
 建物の外周を埋め尽くす、一目会いたいと思うかたたちを、
 ざっと見渡して いただくように、していただいたほうがいいのではないでしょうか。

総裁は、法を説いています。
法を説かない周囲のかたが、一目会いたいという信仰者と総裁を結ぶ仕事を考えるべきではないでしょうか。

 台に立って、
周囲を笑顔で見渡していただく、10秒20秒がとれないことはないでしょう。

そのときの、一瞬の目と目の重なりが大切です。

礼拝堂には入れなかった人たち。
さらには、建物の中には入れなかったけれど、一目見たいと外で待っていた人たち。

そういう信仰者が、一瞬、総裁の目線を感じたときの喜びを
館長や秘書は、想像してほしいです。

そういう信仰者が、総裁の笑顔と簡単な挨拶と呼びかけを聞いたときの喜びを、館長や秘書は、想像してほしいです。


きっと、その配慮があれば、連絡は出来たはずです。

どんな基準で礼拝堂の席が配られるのかは別として、
多くの一目見たい人たちは、総裁を一目見れて、喜びがあったはずです。

悲しさや悔しさが生まれるのではなく、そこには、喜びや感謝があるようにできたはずです。




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正心館の館長のかたへ

ブッダに会うのは、浮木盲亀です。
何転生しても、会うのが難しいおかたと仏教の伝承にある、
ほんとうに、ホンモノの、そのおかたというのなら、

正心館にブッダが来られるときには、
正心館のボランティアさんに、そして、ふだん正心館に関わるすべての人に、
「来られる」という旨の連絡を欠かさずに、館長に、お願いしたいと思います。


礼拝堂の席数は限られていますのでしょうから、
それを どうこう いうつもりは、ありません。

正心館に関わるボランティアさんなどすべての人で希望する人に、
一目 お会いできる機会を、創っていただきたいです。
入室、退出の往路復路の途中に、その機会がかならず、創れます。



信仰の篤い人は、一目見たいと集まります。

そのかたがたを、「連絡すら もらえなかった…」と、
泣かす運営をしてはいけません。






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   青空と麦穂 
 ● 記事map1 ・ 家づくり
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    子供に学力の土台をつくる・ 子供の意欲を伸ばす・ 子供の学力を伸ばす

 ● 記事map3 ・ 政治 経済・ 健康 ・食育 ・書評 ・環境 ・リンク集 他

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 ● 『仕事の方法』 心の指針18      大川隆法    
 ● 幸福党 党首 木村 智重を、外向き発想で広報し、鯨のように使い尽くせ  
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■ 「空気」という言葉で逃げるべきではない: 菊澤研宗のブログ ダブルKのブログ より引用

私もある会議で経験したことがある。 
「空気」ではない。  結局、自分がかわいいのだ。  
ここで反対すると、自分が損するし、いやな思いがするし、そのコストを無視してまで発言する「勇気」がないのだ。  他律的に行動した方が楽なのだ。 自由意思にもとづいて反対し、正論を語り、自律的に反対する勇気がないのだ。結局。
どうか、みなさん「空気」のせいにしないでください。 

  
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コメント
心に残るエピソード
幸福の科学には、文章化されていないエピソードが沢山あります。
今回の記事を読んで、心に残ったエピソードを思い出しました。

数年前、ある精舎に突然、総裁先生がいらっしゃることになりました。
当時は今のように日本中の支部を巡錫なさる前で、年に数回あるビデオでの御法話拝聴会が総裁先生にお会いすることでした。

直接、主にお会い出来ることなど末端の信者にとっては、夢のまた夢のことです。

その夢が、今まさにかなうとあって、職員やボランティアの方々はもちろん、研修や参拝に来ていた方々も大喜びで『その時』を迎えました。
果たして、総裁先生はどんな説法をされたのか?
このエピソードにはその内容は出て来ません。

喜びの渦の中で、信者に見送られ、そのまま車に乗ってお帰りになると思われました。

ところが主は、境内の奥の藪の方に歩み寄り、ある方向に向かって合掌をされたのです。その方向にはボランティアの信者の方が、独り黙々と草を刈っていました。

主がおいでになっていることも知らず、ましてや自分の真後ろの方向で主が合掌なさっているなど全く気付かず、無心で草を刈っていました。

そこで一人の信者が草を刈っていたことなど、誰もわかりませんでした。

主以外は…

2009/09/19(土) 22:18 | URL | 僥倖 #aYqn0HS2[ 編集]
観察日記
どこでも支部長さんやリーダーさんたちは、悩むと思いますね~。
一般の方がコトの重大さをご理解してなくて、万一粗相があってもいけないし。
悟りのレベルは、見えないし。
お布施や、伝道人数や、目に見える数字で決めていくしか方法がないのでしょうね~。
私は小さい子がいるので、外テントでしたから、関心なかったです。
日頃、頑張ってる方へのご褒美でいいと思うな~。
そばで見たかったら、もっと伝道せんかい!活動せんかい!ってとこかな?
当時、本部からは「声を出すな」「拍手だけしろ」「握手を求めるな」「贈り物はするな」等々「規制」のお達示がありました。
だから、
選挙の時に、総裁自ら街宣車の上で、無防備に、麻生はケチだ~!とかなんとか、おちゃらけ調子で叫んでるのは全く信じられない事態でした。
野外コンサートみたいに熱狂おばさん信者が「キャー♪」とか「そ~だ!そ~だ!」と群れをなして叫ぶなんて、もう、ぶったまげですよ。
名古屋に見えた時は、すご~い近くで叫びましたよ私も♪

あ~そ~言えば、
正心館で、研修中に、目を閉じて静かにめいもくしてる時に
「人の歩く気配がして、薄目を開けたら、総裁が研修室の中を歩いていた。一周して
2009/09/20(日) 02:34 | URL | ふろんてぃあ #-[ 編集]
続き
一周して、そのまま出ていかれたから気がつかない人も、たくさんいた」
と言う話も聞いたことがあります。
神出鬼没ってとこかしら。
2009/09/20(日) 02:38 | URL | ふろんてぃあ #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/09/20(日) 11:31 | | #[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/09/21(月) 00:57 | | #[ 編集]
No title
ふろんてぃあさん
エピソードありがとうございます。

ふふふ、尊敬されるかたが
どうあれ身近に来られるって、
それだけで、楽しいですね。

そういう人の情、みたいな部分って
抑え込み過ぎては、あたまでっかちだと
と思います。

いろいろな考えがあると思いますが、
どこか考え落ちしていないかどうかということ
のチェックが大切なのだと思います。
それが情という部分で
チェックしてみることだと思います。
2009/09/23(水) 07:51 | URL | いの #-[ 編集]
No title
非公開さん
コメントありがとうございます。

いろいろあって、これもまた
人生の面白さですね。
みんな、一生懸命…。 ステキです。
2009/09/23(水) 08:11 | URL | いの #-[ 編集]
No title
非公開さん
コメントありがとうございます。

大変なお手配なのだと思います。
急ぎのお手配もあるのだと思います。
体調を心配されることも当然と思います。

わかります。

ありがとうございます。




2009/09/23(水) 08:15 | URL | いの #-[ 編集]
僥倖さん コメントありがとうございます

ステキなエピソードのコメントをいただき
ありがとうございます。

すぐに返信するのが
なんだかもったいなくて
しばらく、あいだをあけてしまいました。

ますます、大川隆法さん、ステキなかたです。

肩書きを外したときに
残ったものが、その人自身なのでしょうけれど
立派なかたと思います。

このたび、掲げられた公約の内容は
実に見事でした。
自民党と官僚が掲げなければならなかった
素晴らしい内容でした。

その公約を掲げること自体がどれだけか
日本のプラスになったかと思うと
ふかく 感謝したします。
2009/09/23(水) 09:42 | URL | いの #-[ 編集]
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